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日々の思い(過去ログ)
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●廣野壽喜先生の「十草農法」
●映画「トンマッコルへようこそ」
●映画「食の未来」
●報道の自由度で日本はダウン
●風邪にユーカリ三滴!
●林業・・・頑張っている人たちもいます。
●ちなみに割り箸は250億膳
●300億枚のレジ袋は必要?
●ラテン音楽の世界
●貧民銀行&ノーベル平和賞
●ぶどう園でのヴェーダ詠唱
●ナヴァラートゥリ
●レイナちゃんのバースデー・プージャー
● 33億の神
●インド漬けの8月
● クリシュナの働き
● 北朝鮮のミサイル発射
● アーナンダ
● 三峡ダム完成が近い中国
● 都会人、土日は農業・・・思い出
●異常気象1:トリニダード島の子供たちの喘息
●新年の思い
●年末のひとこま
●サーマヴェーダとの出会い
●平和への思い(2)
●平和への思い(1)
●節電
●7月12日のヴェーダコンサートへ向けて
●NO WAR 平和への願い
●4月1日ピースフルサウンド・アセンブリーに向けて
●悔いのない生き方
●戦争によって平和は得られない
●新年への思い
●思い
●米国同時多発テロ
●戦いからからは平和は生まれない
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●廣野壽喜先生の「十草農法」

 2006年 11月1日

先日、合宿でお会いした自然農法家・雑草研究家、廣野壽喜先生のお話を聞くことができました。40年間に渡り、自然農法に取り組んでおられます。自然発生する雑草にはそれぞれの役割があることを発見され、それを活用した十草(ジッソウ)農法をあみ出され、実践されています。農薬や堆肥を一切使用しないまったくの自然農法です。できた作物は、作物本来の味、私たちが普段口にしている作物とはまったく違う味がするそうです。農薬一杯の現在農業を憂い、廣野先生は各地で指導や講演活動をされています。希望者は、お米や野菜が購入できます。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~ikeike/sub4-3.htm
http://www.i-earth.jp/katudo/shosai/mr_hirono_03_10.htm

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●映画「トンマッコルへようこそ」

 2006年 10月26日

映画「トンマッコルへようこそ」が今日から封切られました。 忘れかけていた日本人の縄文から続く心を思い起こさせてくれます。お奨めです。
http://www.youkoso-movie.jp/

大国の意図に翻弄される朝鮮半島の同胞が南北に分かれ戦っていたときのことです。人里離れたこの村では、強制的なリーダーシップを取る首長がいるわけでもなく、村人に尊敬される長老が人々を平和にまとめていました。争いや奪い合いもなく、助け合いながら生きている人々。底に迷い込んだ三国の兵士の心にある敵対心も調和の中にうせて生きます。
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●映画「食の未来」

 2006年 10月26日

2006.12.02 東京都・下北沢
食の未来を問う映画と講演の夕べ
ふたつの未来
― 遺伝子組み換えか? 有機農業か? ―
http://syoku-no-mirai.net/
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●報道の自由度で日本はダウン

 2006年 10月26日

「ジャーナリストを守るNG0(非政府団体)の「国境をなき記者団(RSF)=本部、パリ=はこのほど、「2006年度 ワールド・プレス・フリーダム・インデックス(世界の報道自由度指数)」を公表、米国、フランス、日本を厳しく批判した」と報じられました。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2622382/detail?rd

 

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●風邪にユーカリ三滴!

 2006年 10月20日
昨日からたまったアーマ(未消化物)やオーバーワークの疲労で初期の風邪状態。しかしユーカリのオイルで風邪も治りつつあります。もし初期風邪状態や熱が出てきたら試してはどうでしょうか。

お湯をネなべで沸騰させ、湯気が出ている状態で、ユーカリの精油を数的ぽとぽと落とします。

すぐに布を頭からかぶってそのなべに顔を近づけ、目は閉じ、鼻を近づけ、インハレーション(鼻から吸い込みます)します。深く深呼吸を継続し5分ほどそれを続けます。

お湯が冷め、オイルが消えてきたら、再度沸かし、オイルをたらし、同様に繰り返します。

数回行うと体が熱くなってきます。鼻水なども出てきますが、タオルで拭いたり、鼻をかんだりしてください。

できればやりにくいですが、目は熱を加えるのはよくないのでつめたい水で洗って軽く絞ったタオルで目を覆うといいです。

額などに頭痛がある場合など湯気をその部分に当ててもいいです。

最初はユーカリの湯気でごほごほと咳が出ますが、大丈夫です。少しすると蒸発しきつさが減ります。

何回かやると要領がつかめます。

終わった後は冷たいタオルでまぶたの部分だけでも冷やしてください。

その後ふとんに入って暖めて休んでください。夜でしたら早めに床についてください。

http://www.nzhealthshop.net/essentialoil/eucalyptussmithii.htm

ガイア
http://www.gaia-np.com/index.html

 

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●林業・・・頑張っている人たちもいます。

 2006年 10月19日
林業でも頑張っている人たちがいます。 割り箸は日本の間伐材の有効利用が一番です。 多少コストがかかっても結果的には森を守り、林業を守り、水源を守り、環境を守ります。森林を破壊するのはよくありませんが、木を間引く間伐は必要なのです。私の子供のころは父とよく山に行き間伐や伐採を体験しました。とても林業が盛んなころです。

江戸時代の1790年から三重県海山町で林業を開始した速水林業は現在数少ない林業成功者です。

「幾世代にわたり関わり合ってきた森林は、
天地自然の恵みと多くの人の協力の中で
永遠の緑を保ち続けていくでしょう」(同社サイトより)
http://www.re-forest.com/hayami/

林業家、田中惣次さんの「遊学の森」プロジェクト
一度お伺いしましたが、学生たちやボランティアでご自分の森を保全することを通して環境問題に取り組んでおられます。
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/1635/ymp.html

東京の木で家を作る会
http://www.cn-net.jp/sou7/kinen7.html

NPO法人森づくりフォーラム
http://www.moridukuri.jp/

森林ボランティアに参加しましょう。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/BOSHU/2006/09/22g9p300.htm
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●ちなみに割り箸は250億膳

 2006年 10月18日
日本で1年間で消費される割り箸の量は250億膳と言われます。1人平均、年間200膳使っている勘定です。私のようにマイ箸を持ち歩いている人もいるでしょうが、実際はこのような数字です。木に換算すると約80万本だそうです。これでいったいどのくらいこの木で家が建つのでしょうか。2万軒は建つといわれています(家のおおきなにもよるでしょうが・・・)。

割り箸10kg(約ダンボール1箱分)で、ボックスティッシュ15箱、割り箸3膳ではがき1枚またはA4サイズのコピー用紙1枚、割り箸100膳で週刊誌1冊分に相当するとのこと。

ほぼ毎日レジ袋を1枚消費し、割り箸を3日に2日は1膳使用しているのですね。日本人全員が。割り箸は捨てられ王子製紙などで再生紙などに使われてはいるようですが・・・。

明治のころだったかは植林された森の間伐材の有効利用の方法として箸が作られていました。しかし以前と違って今は、90%以上が輸入ものです。しかも95%が中国からで、大半は伐採された木材で、その後の植林もされていないようです。韓国→インドネシア→中国と日本が輸入する割り箸の生産国は変わり、中国も森林資源などのために値段を高くしたので、輸入は減り、今後はどうなることでしょうか。カナダやロシアから輸入するのでしょうか。日本が世界の木材の流通の4分の1を占めていると聞きますが、世界中の森を食べつくすのですね。

中国の問題だといって片付けられません。森林の減少はさまざまな問題を地球的な規模で生み出します。それは日本にもいろいろな形で返ってくるのです。もう既にそれは経験していますね。

日本の山は今あれています。東京でしたら桧原村に行くと分かりますが、行く途中の、放置された杉や松の森は真っ暗で、木々はやせ細っています。間伐されないからです。倒れた木がそのまま放置されています。台風や大雨ですぐに流されてしまいます。すると森の土壌は川に流れダムを埋めたり、山崩れや、土石流となります。また水が山に保水されないので洪水が起こりやすいのです。人工林は木の生長とともに間引かないといけないのです。一本一本の木が根を深く張り大きく成長するためにです。それが間伐なのですが、海外の安い木材の輸入のため今は日本の林業は絶え絶えです。
http://www.eco-takei.co.jp/e-shop/word/kanbatsu/kanbatsu-word.htm

まずは国産間伐材でできた割り箸を使うことから環境意識を高めることが必要ですね。これには消費者の意識と企業や行政が息を合わせる必要がありますね。
http://eco.goo.ne.jp/education/eco_seminar/sympo/2003/houkoku01-2.html

箸を洗うと水が洗剤で汚されるという人もいますが、割り箸と水の問題は別で、洗剤の使用が問題なのです。箸は洗い物ののうちのごく一部です。

コンビニで配られている割り箸1膳の単価は約 1.3円だそうです。国産材だと5円。4倍です。中国産割り箸の一部に防かび剤、漂白剤等が使用されているという不安もあります。

昨年11月から「割り箸を50%値上げする」、と中国の輸出会社団体「中国食品土畜進出口商会」が日本割箸輸入協会言ってきたそうです。対象は日本で消費される割り箸約240億膳のうちの60%割に当たるコンビニ、飲食店の主に白樺製の箸だそうです。弁当チェーン「ほっかほっか亭」だけで何と、全国約2400店舗年間3億膳以上を消費しているととか。

ちなみにあのワタミは割り箸を使用しないようにしたそうです。いいことです。フォークを使い捨てにしないように箸だってやろうと思えばできるはずなのです。
http://www.watami.co.jp/

割り箸から見た環境問題
http://www.sanshiro.ne.jp/activity/99/k01/6_18prs2.htm

森を育てる封筒(間伐材封筒)
http://www.rainbow.gr.jp/FUTOH/
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●300億枚のレジ袋は必要

 2006年 10月17日
スーパーのレジ袋の年間使用量約300億枚だとは驚きです。
国民一人当たりにする年間300枚近くを使用している計算です。毎日ほほ全員が1枚使い捨ているわけです。(ごみだし袋やほかの形で使っている人もいるでしょうが)

原油が原料のポリエチレン製レジ袋は1970年代から使用され始めたそうで、一気に広がりりました

レジ袋1枚は約20ミリリットルの原油からできており、300億枚のレジ袋を製造するには約60万キロリットルの原油が必要になります。ほとんどがごみになり、レジ袋を焼却する際にプラスチックから排出される二酸化炭素や有害物質は地球温暖化や環境汚染などに影響を与えています。

東京の杉並区はレジ袋辞退率を2007年6月には60%を目指しているそうです。店員は言わなければそのまま袋に入れます。パンひとつ買うだけでもです。各人が買い物袋を持参しレジ袋を3回に一回辞退すれば年間100億枚が削減されます。
http://www.eic.or.jp/library/pickup/pu021019.html

レジ袋の有料化が必要です。韓国は1999年、台湾は2001年にレジ袋有料化を法制化しました。ドイツやオランダでは、15年以上前から主なスーパーでレジ袋は有料化されていて、今では100%近く買い物袋を持参しているそうです。

結局無料のゴミ袋に見えて、税金でごみ処理をし、環境汚染や温暖化による被害で、苦しみまたお金を出費しているわけなので、有料化してごみを減らすことが必要ですね。
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●ラテン音楽の世界

 2006年 10月15日
歌手生活50週年を迎えたYoshiro広石さんのラテン音楽のコンサートに行ってきました。平成18年度文化庁芸術祭参加公演として行われました。ラスベガス、キューバを始め世界中で活動して、さまざまな困難を乗り越え今日に至った物語は心を打ちまた勇気付けられるものでした。ラテンの世界では知らない人がないほど超有名な方ですが、日本に来ると余り知られていません。その声量だけではなくお客さんに対するサービス精神には敬服します。『ルパン三世』の歌を歌った人だとは初めて知りました。

『ルパン三世』の後期オープニングテーマ「ルパン三世主題歌3」は、当初名前がクレジットされなかったそうで、後にCD化された際に、この歌を歌っていたのは、よしろうさんでした。子供のころよくこのアニメを見ていたのですが、驚きです。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/YOSHIRO%B9%AD%C0%D0

何と秩父のぶどう園での雅楽コンサートの際にゲストで歌っていたさとみさんがバックのコーラスで出演していたのにも驚きでした。コンサート終了後声をかけられ彼女だと分かりました。秩父の和同開珎という通貨発祥の地で、しかも雅楽の演奏会で出会った彼女がラテンの音楽を歌っていたのです。よしろうさんとは15年以上も前に瞑想を指導するというご縁で時々コンサートに行っていたのですが、こんな形でまた人との出会いがあったことで、世界は狭いなと実感しました。

そういえば喜納昌吉さんが「すべての武器を楽器に」というスローガンで活動されていますが、音楽は私たちの日常生活で当たり前のように流れており、それにさえも気づかないぐらい日常的なものですが、私たちの心に潤いや癒しを与えてくれます。
http://www.champloose.co.jp/

瞑想を学びにくるアーティストや歌手の方は多いですが、深い静寂の意識から声を出すことは大きな調和を周囲にかもし出すことは確かです。安定した心の状態には瞑想は不可欠のように思えます。

日朝関係が緊張していますが、問題の原因は、大国のエゴや貧困、イデオロギーや宗教の違い、また心のあり方などです。本当に皆、コンサートや音楽を聞くまた自分が歌ったり演奏するという時間を持つといいですね。瞑想をしまた声を出し歌うことをお勧めします。
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●貧民銀行&ノーベル平和賞

 2006年 10月15日
以前、NHKでもその素晴らしい活動を放送していましたが、バングラデシュの貧困層向け無担保融資機関「グラミン銀行」の総裁ムハマド・ユヌス氏が2006年度ノーベル平和賞を受賞。賞金約1億6200万円を、貧困層向けの低価格栄養補助食品開発する事業に出資する。

グラミン銀行
http://www.ochanoma.info/sc_bank.html

本「グラミン銀行を知っていますか」
http://www.toyokeizai.co.jp/CGI/kensaku/syousai.cgi?isbn=44325-8

ノーベル平和賞賞金、貧しい人向けの補助食品開発へ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=102231&media_id=20

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●ぶどう園でのヴェーダ詠唱

 2006年 10月2日

これまでぶどう園というものに入ったことはなっかのですが、むすびひめという雅楽のユニットの主催の会があり始めて、毎年行っているというぶどう園ライブに飛び入りでヴェーダを詠唱しました。10メートル四方に広がる一本のぶどうの木の葉っぱが屋根になって、その下が自由なスペースで、そこで笙や笛の音色が響き渡りました。15分ほど私はマイクなしで、反響もない空間でサーマヴェーダの詠唱をしました。不思議と自分の声がきちんと耳に入ってきたので、自分でも心地よくその音を感じながら詠唱することができました。自然の中は最高ですね。雅楽の古来の音楽とヴェーダの詠唱は不思議とマッチします。両方が静寂をかもし出す波動です。 秩父のこのぶどう園のライブの前に、近くの日本で始めて貨幣が製造されることになった場所に行きましたが、和同開珎の大きな造形物が目を引きました。銅の発掘によりこの地で銭が鋳造されたわけです。
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●ナヴァラートゥリ

 2006年9月25日

今年はナヴァラトゥリの会は告知していませんが、今まさにナヴァラトゥリの真っ最中です。

9月23日から10月1日までの9日間(ナヴァ)の夜(ラートゥリ)です。神話では3柱の女神(ドゥルガー、ラクシュミー、サラスヴァティ)が悪魔たちと壮絶な戦いを9日間行い、10日目に勝利を祝います。その10日目は言葉通りヴィジャヤ・ダシャミー(「10日目=ダシャミー」の「勝利=ヴィジャヤ」の意味)です。

これは今の言葉で言えばストレスを解消し悟りを得るというプロセスを表します。また社会的にはさまざまな問題を解消し平和な世界を達成するということです。

最初の3日間はドゥルガーの日です。否定性の除去、つまり心身のストレスを除去することです。

次の3日間はラクシュミーの日々です。否定性除去により肯定性が広がります。心身はバランスが取れ豊かさがやってきます。まさにラクシュミーは富や豊かさの神です。

最後の3日間はサラスヴァティです。豊かさのゴールは悟りです。宇宙の真理を認識し人生のゴールが達成されます。サラスヴァティは会話、言葉、技芸の神ですが、天空の川の名前でもあります。アラハバード(※モスレム支配時代の名残で、アラーの町という意味が面白いですが)のサンガムにガンジス、ヤムナとこのサラスヴァティ河が合流します。

天の河サラスヴァティはまさに宇宙の真理を人の心の中に結びつけるわけです。天上から地上そして人の心の中にです。

10月2日の10日目はその人としてのゴールを達成したことを祈るのです。

是非、この期間自己浄化に専念してください。瞑想をしっかり行い、ヨガをしっかり行い、また呼吸法などを、あるいはそれぞれのサーダナ(霊性向上のために実践)を行うことをしっかりとしましょう。デトックスですね。半断食などもいいでしょう。

新月の暗闇の夜から始まるこのナヴァラトゥリ、月が満ちていくとともに意識が拡大していきます。

浄化⇒発展⇒悟り・・・悟りが私たち人類のゴールである意識状態です。

そのためインドのスワミ(僧侶)は自分の名前の最後にサラスヴァティとつけるのです。スワミ・ブラフマーナンダ・サラスヴァティというように。サラスヴァティは知識のゴール、知識といっても純粋知識、これは深い瞑想の中で心が体験する意識状態です。

仏陀尊が言うように正定(正しい瞑想)が大切です。欠かさず毎日、瞑想を朝夕行いましょう。

10月1日 ナヴァラートゥリの集いを行います。
ご参加ください。
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●レイナちゃんのバースデー・プージャー

 2006年8月20日

レイナちゃんはもう2歳です。
ネパール人のお父さんと日本人のお母さんの間に生まれました。縁あってインド式の結婚式を私が行ったのですが、ネパールでもインドでもそうですが、誕生日にはお祝いの儀式を行います。1歳の時に続いて今回も無病息災、健康長寿を願ってのガネーシャとムルテュンジャヤの儀式を行いました。 千葉の津田沼の近くの緑に囲まれたご自宅でご家族とともに2時間ほどの会でした。

子供に花輪をかけてやり、また最後はゆで卵を揚げたおいしそうなものを子供に食べさせ、また子供から参加者に同じもを渡す儀式がユニークでした。 いろいろな誕生日のお祝いがありますが、すべて手作りのこういった祝い方もいいものです。親が子供の幸運な未来や健康と幸せを願うのはどの親にとっても同じものでしょう。 はしゃぎ回ったり眠ったり笑ったりする子供の無邪気な姿は見ていて飽きないものです。親の愛の中で安心しているのでしょう。

これから大人になっていくこういった子供たちのために、何がいったい私たちにとってできるのか。何が残せるのか真剣に考えていかなくてはいけないと感じます。
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●インド漬けの8月

 2006年8月20日

8月は何かとヴェーダの祝祭日の多い月です。10日はガーヤトゥリー・ジャパの日、16日はクリシュナ・ジャンマ・アシタミー、27日は、ガネーシャ・チャトルティ、ちなみにインド独立記念日は815日です。この時期にインドに行くといたるところでこういったお祭りに出会うでしょう。バナナの葉っぱに乗せられたおいしいご馳走もいただけるでしょう。

私の住まいのある目黒はインド人が多く本格的なインドカレー屋が6,7件あります。この目黒の区民会議所では毎月在日インド人の集いがあり、祈りや交流、食事をするために集まります。日本人の参加者は私ぐらいです。その私が参加すると毎回、サーマヴェーダの詠唱を代表の方から頼まれます。

今月は毎年の恒例のウパナヤナというブラーミンの人の属する聖紐(ウパヴィータム)の交換を行う儀式を行います。この聖紐は天とつながる象徴であり、毎年行います。今年は
89日がリグとヤジュルヴェーダの日でした。サーマヴェーダは26日です。日本ではサーマヴェーダの家系のインド人がいないので9日に参加しました。50人ほどの男女が集まりました。男性は対外IT関連のエンジニアです。某銀行のシステム開発部がありそこには100人近いインド人が働いています。日本では南インド料理は食べる機会がないのですが、この集いではたくさんの種類の手作りの南インド料理が持ち込まれます。みんな自宅で調理もってきます。それがとてもおいしいのです。

16日にはヴェーダの話を以前していただいたパンダさんの勉強会でクリシュナ・プージャー儀式を行いました。 http://www.vedicwisdom.jp/mkpandavedicwisdom.html

またおまけに20日は私がヴェーダ式で結婚式を行ったネパール人と日本人の奥さんのカップルに誕生した女の子の誕生日です。この子の誕生日のプージャー儀式を依頼され千葉までいってきました。昨年の1歳のときに続いて2歳の誕生日でした。
結婚式の模様: http://www.vedicwisdom.jp/veda.html#pooja

このように8月は私にとってはインド漬けの一カ月でした。(http://www.vedicwisdom.jp/vedasyukuten.html#20060827

● 33億の神

 2006年8月18日
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ヒンズー教とは?

元来、インドには宗教という言葉が無かった。インドの人はヒンズー教の信者であるとは考えていない。ヴェーダは宗教ではなく宇宙や大自然の真理を説いている。人はどこから生まれ、どこへ行くのは。人生とは何かなど人の根本的な問題に答えを与えている。

そもそもインドというのは外国人がつけた名前である。スィンドゥー川という川があり、ペルシャ人はペルシャ語の中には「スィ」という言葉が無く、その川の向こうに住む人たちをヒンズーと呼んだ。モスレム教徒から見るとヒンドゥー教徒である。また今日はキリスト教なども入ってきており、そういったことでそこに住む人たちはモスレムでもクリスチャンでもないので始めて宗教という概念が生まれた。インドというのは西洋人がつけた名前である。インドに住む人にとっては自国は、バーラタと呼んでいる。

ヴェーダでは33億の神々が存在するという。これは生命の数である。無数の存在がありそれらすべては神であるということである。自分の中も外もありとあらゆるものが神である。つまり神聖な創造の根源的な源から宇宙知性により万物が創造されたのである。

インドでは「こんにちは」は「ナマステー」という。両手を胸の前で合掌し、そういう。この言葉は、「ナマハ」+「テー」からなっている。ナマハは「帰依、ひざまずく」といった意味である。「テー」は「・・に対して」という意味である。ですから、合掌し、「ナマステー」というとき、自分と相手の中に存在する「神」に帰依します」といっているのである。これは最大限の敬意の念である。私も貴方も神なのである。

・・・というような答えだったと思う。日本は八百万の神々の国という。すべての自然が神であるというこの考えはヴェーダと同じである。日本もまた古代においては宗教という概念は無かった。たださまざまな自然の大いなる力にただただ畏敬の念をもっていたのであろう。そしてそれらを神と呼んだのであろう。ジャパンというのも外国人が言った呼び名である。ヴェーダにおいては火やインドラやソーマといった神々は自然の大
いなる力または現象なのである。またさまざまな人格化した神の登場するプラーナの時代は、自然の現象や叡智や真理を表現するものとして人格化した神々を創造した。これらは実際のところそれらの概念の象徴化である。
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● クリシュナの働き

 2006年8月17日

「クリシュナ・ジャンマ・アシタミー」という言葉を聴いたことがあるだろうか。
クリシュナの月例8日目の誕生日という意味である。

神話においてはクリシュナはヴィシュヌの8番目の化身といわれている。 世界で最も長い叙事詩「マハーバーラタ」に戦士アルジュナに教えを説く場面では、彼のヴェーダの素晴らしい教えが凝縮されている。この戦場の場面の18章は、バガヴァッドギータとして知られている。インド人のバイブルである。

青色の肌の色をしたクリシュナの姿は有名である。この肌の色は無限の宇宙を体現していることを表している。インドのプラーナ神話に出てくる神々はさまざまな真理を象徴的に表現している。MKパンダさんにはその辺のところをじっくり今後講座の中でお話していただく。
http://vedicwisdom.jp/mkpandavedicwisdom.html

さて、その昨日のクリシュナ・ジャンマ・アシタミー(クリシュナ聖誕祭)でパンダさんに依頼され彼の勉強会の席でクリシュナのプージャー(儀式)を行った。10人前後の参加者の半 分以上はインドの人だった。ひとしきりプージャーとヴェーダ詠唱を行ったあとで、パンダさんのヴェーダに関する話を聞くことができた。

クリシュナの肌の色の話、同じく叙事詩ラーマーヤナに登場するラーマ神との対比は興味深いものだった。ラーマはラーマ・ナヴァミー(9日目)、つまり新月から9日目が誕生日である。クリシュナはクリシュナ・アシタミー(8日目)、つまり満月から8日目。ラーマは太陽、クリシュナは月の価値を表す。ラーマは昼間生まれ、クリシュナは夜生まれた。ラーマはヴィシュヌの9番目の化身、クリシュナは8番目の化身。9は1から10のどの数字を掛けてもそれらの答えの2つの数字を足したとき9になる。そこで9は完全な数字とされる。それに対し8は不完全な数字とされる。クリシュナは空くと対峙し問題を解決していく、ラーマは何もせずして光をもたらす。

したがってこれは一例だが、神話の神々は人間の形をした存在として描かれてはいるが、実はこの宇宙の真理を表すための概念なのである。

クリシュナへの祈りやプージャーを通して私たちの中に眠るクリシュナ意識を目覚めさせ、人生の問題を一つ一つ解決していくことができる。今の世ほどクリシュナパワーが求められている。是非真理の教え「バガヴァッドギータ」を一読いただきたい。

この日に1歳の誕生日を迎えた日本人とインド人のご夫妻のお子さんは、その名前がアルジュナだった。無邪気なアルジュナ君はクリシュナの教えを波動として感じていたかもしれない。無邪気な小さな顔が印象的だった。
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● 北朝鮮のミサイル発射

 2006年7月6日

地球村の高木善之さんのコメントは私もなるほどそうだと思いました。

「・・・マスコミでは・・・異口同音、挑発、脅威、言語道断、許せない・・・との論調・・・。・・・別の懸念を感じています。・・・日本も太平洋上で発射実験をしています。アメリカも太平洋上で発射実験をしています。日米合同の海洋上での軍事訓練もしています。・・・北朝鮮のミサイル発射実験は、・・・異例で危険でいけないことでしょうか。・・・日本に向けて発射したわけでもありません。・・・軍事訓練の範囲内です。・・・危機感、不安を作り出そうとする意図・・・。・・・経済済制裁をすることで、国際的緊張を高め、危機感や不安を煽り、日米軍事同盟を強化・・・軍備費の大幅アップ・・・憲法改正(改悪)への傾斜の方が心配で・・・。・・・過去の大きな戦争の影には、必ず、意図的な情報操作がありました。・・・次の視点を忘れないことが大切です。
・煽られないこと、流されないこと、迎合しないこと
・冷静でいること
・自分の視点、自分の考えを持つこと」

以上です。詳細は高木さんのブログを!
http://www.chikyumura.org/blog/

私たちの考え方は大きくマスコミの報道に依存しています。テレビや新聞の情報は一方的に頭に入り、その人の心を洗脳し、知らず知らずのうちに観念を作り上げます。

ネットでの情報は自分の理性で選択できます。マスコミ漬けでいるよりも、むしろ新聞やテレビの情報は最小限で、冷静な目で見ることが大切に思います。

政治や経済はこういった出来事を利用したいのかもしれません。
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● アーナンダ

 2006年7月6日

 
 私のサンスクリット語の名前はニティヤーナンダです。インド占星術師(ジョーティシャ)からいただきました。以前からこの先生に、いただいていたのですが、最近になり使おうと思おう気持ちにまりました。ニティヤ=永遠、常時、アーナンダ=至福、喜び、という意味です。永遠の喜び、または常に至福に満ちているという意味です。

 インドではよくお坊さんは自分の名前にアーナンダとつけます。例えば、クリシュナーナンダ、ブラフマーナンダ、ヨーガーナンダなどなどです。ホーリーネームというと某教団を思い出しますが、サンスクリット語のことばの音の響きは個人的に気に入っています。もっともだからこそヴェーダの詠唱をしているのですが。名前のとおりいつも私腹ではなく至福に満たされている意識の状態になれれば素晴らしいですね。名前だけでなく。

 前回ヴェーダ講座をお願いしたムニンドラ・パンダさんが言っていましたが、ヴェーダの言葉や形象でとても大事なものがこれまで悪いイメージを生み出しまったのです。ひとつはOM、これは某教団によるものですが、これは宇宙の根源的波動です。A、O、Mの三つの音からできています。アは始まり、Oは継続、Mは終わり、つまり絶え間ない創造、維持、破壊というサイクルを表しています。この音の中にすべてが存在しているわけです。ヴェーダのマントラ詠唱はOMで始まり、シャーンティ(平和)で終わります。ヴェーダのマントラは森羅万象への平和への祈りでもあるのです。

 

 もうひとつは、ヒトラーによる卍(スヴァスティカ)です。もっとも彼の使ったのは右卍です。日本では左卍が多く用いられていますが、これは吉祥の印を表している聖なる形象ものです。

    ほかにもサティヤン(正確にはSATYAM=サティヤム)などがあります。サティヤムは真実という意味です。サティヤローカとは真実の世界、至高の世界を指します。あるいは最高の意識状態に進化した生命の場であると言ってもいいでしょう。ヴェーダのマントラはその意味を実現する言霊であり、サティヤムであるといわれます。このように多くのサンスクリット語に間違ったイメージが与えられたことは残念ですが、サンスクリット語のマントラの言葉は言霊としての価値があり、きっと、その本来の意味する方向へと出来事を正してくれることでしょう。

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● 三峡ダム完成が近い中国

 2006年6月20日

父が亡くなり母が元気で生きている間に旅行をと思い中国旅行に来ています。

ここ10年ほど急激に近代化が進む中国。2008年の北京オリンピックに向けますますインフラやさまざまなレベルが整っています。町並みはとてもきれいで、日本以上に美的な感じがします。もっとも地域にもよると思いますが・・・。少なくても北京、重慶、武漢、桂林と今まで通過してきた地域はそうです。

人々は思った以上に友好的です。ガイド役は行く先々で変わりますが、みんなとてもきっちりしており、丁寧です。ガイドとして日本語を一生懸命勉強しているようです。日本語熱も高いようです。

世界最大のダムがや世界最長の大河である長江の川の中間位置に完成しようとしています。世界的にダムはムダと考えられてきている中で私は冷ややかに見ていたのですが、宇宙空間に中国の飛行士が飛び出したように、世界に誇る技術を誇示しているようにも思えていたのですが、いろいろな理由があるようです。

  

地元のガイドに聞いたところ、
1.水の氾濫による被害を防ぐ(これまでさまざまな被害により家屋が被害を受けてきた)
2.電力の供給(生活の向上につれますます電力が必要とされる)
3.水量を増やし遊覧船の通過を早くすること
  (これにより35%の使用エネルギーが節約されるとのことです。遊覧船だけでなくこの川は住民の交通手段、運搬手段として毎日126隻の船が行き来している)

こういったプラスの側面に対して、
1.住民への保障(130万人とう非常に多い人口が流域の水位上昇にともない移転しなくてはいけない)
2.引越しする住民への住居、職業斡旋、子供への教育への経済負担
2.魚の上流への移動が遮断されるなど生態系への悪影響

・・・こういうマイナス面だけが言われています。しかし、科学者の間では、水質汚染、地震、気候や生態系などの異変などさまざまな問題の潜在性も秘めているとも指摘されています。

ガイドや地元の民家の訪問の際の住民の話しを総合すると次のようなことでした。

10年前から移転が始まりましたが、残り30万人はまだ引越ししていません。否が応でも引っ越さなくてはいけない状況です。

水位は50メートル以上ダム上流流域ではあがります。今より高い地域に非常に多くの住宅が既に建設され、多くの人が引越ししました。そのまま使用できる古い時代の住宅はそのまま壊さずに高い位置に移動するものもあるとのことです。住民の選択は、高い位置の新居に引っ越すか、新しい地域に引っ越すかいずれかの選択です。

高い位置に引っ越す場合、まず農地が沈んでしまうので、引っ越しても農業による自給自足はできなくなります。この場合、無料で国の職業訓練や就職斡旋が受けられます。新しい地域に引っ越す場合も同様です。経済的には、引っ越した時点で、補助金がもらえ、家賃は数年間は無料、子供一人当たり毎月5000円程度の補助が得られます。

山の中の長江流域の農民の生活は非常に貧しく、少ない補助であっても引越しを歓迎し、新しい生活を受け入れる人が多いようです。

ただ代々住んでいた土地を離れることに関して抵抗のある人もいることは確かです。

この問題に関しては、もう少し詳細を調べてみたいものです。それにしても巨大な三峡ダムには圧倒されます。

持続可能な社会と言う観点からこれは本当の意味で正しい選択だったのが見守って生きたいものです。

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● 都会人、土日は農業・・・思い出

 2006年5月7日


これは5月6日、朝日新聞夕刊のトップ記事です。

クラインガルデン(ドイツ語=小さな庭)という農的生活のできる小区画のログハウスが、広がってきているようですね。ずいぶん前、10年ほど前に長野県の四賀村が募集していたのを知っていたのですが、今は大盛況なのですね。
http://www.ashita.or.jp/Gruop/20/20443/2044300/20443003.htm

そういえば私の子供のころは、まだカマで稲刈りをしていました。野菜などは大半は自給自足でした。トマトやきゅうりをそのままちぎってガブガブと食べていました。

村をあげて相互に農作業を手伝っていました。隣の谷口さんのところをえんどう豆の皮をむくのを手伝ったら、その日の夕食には、豆ご飯のおいしいものが、お駄賃でとして届きました。

小学生のころはまだ洗濯機もなく、川の水を汲んできてたらい桶で洗濯をしていました。風呂や食事などの水もすべてこんな具合で前の小さな川から汲んでくるのが日課でした。

風呂の日は山から刈ってきて、貯めてある小枝やマキを使って沸かしていました。つい40、50年前のことです。

童謡「春の小川」は、現在の渋谷区代々木5丁目あたりを流れていた河骨川の情景を歌ったものだそうですが、この昔の清流は下水道幹線として地下に埋没。当時は、春には岸辺に咲いたスミレやレンゲが咲きほこっていたのでしょうね。これもたかだか50年前のことです。
http://www.maboroshi-ch.com/edu/ext_11.htm

歴史は人の心の欲求によりどんどん変わっていくものだから、こういった開発の流れもまた仕方がないとは思うけれど、子供のころに味わっていたあの、自然と一体となった生活が懐かしく思い出されます。過去には戻れないでしょうが、もっと自然を大切にしてほしいと思います。
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●異常気象1:トリニダード島の子供たちの喘息

2006年5月28日


最近カリブ海のトリニダード島の子供たちや珊瑚などに異変が生じていると言います。珊瑚礁は枯れていき、子供たちの間には喘息が増えているということです。

原因を探ると、あるウィールスがだと分かりました。さらに調べると、それらはアフリカのサハラ砂漠などから飛んでくる砂塵の中に含まれており、海を越えてカリブやアメリカ大陸に降り注いでいるのだと言います。チャド湖などでは急速に水が減り砂漠化しています。

砂塵が多く飛来する日にはトリニダードで喘息の救急外来患者が増えます。

ではなぜ砂塵が急に飛来するようになったのかと言えば、インド洋の海温が上昇しそのエネルギーが地球の北の極地あたりに存在する高気圧と低気圧の層の動きを変化させたため風の動きが変わり、アメリカ大陸方面に流れ、アフリカ大陸上の砂塵が降り注ぐようになったということです。

そのさらに原因は地球温暖化であり、それは大気中に温室効果ガスが増えているからです。温室効果ガスとは、車や電力消費などによる二酸化炭素などです。特にアメリカや日本は京都会議以降もエネルギー消費は増え続けています。誰が増やしているかと言えば私たち自身です。地球温暖化により異常気象や海面上昇やさらには生態系の変化など取り返しのつかない変化を生み出しています。

私たちの行動や考え方、ライフスタイルが変わればまだ元に戻すことは可能でしょう。これは私たちの生き方を問われているということです。
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● 都会人、土日は農業・・・思い出

 2006年5月8日

これは5月6日、朝日新聞夕刊のトップ記事です。

クラインガルデン(ドイツ語=小さな庭)という農的生活のできる小区画のログハウスが、広がってきているようですね。ずいぶん前、10年ほど前に長野県の四賀村が募集していたのを知っていたのですが、今は大盛況なのですね。
http://www.ashita.or.jp/Gruop/20/20443/2044300/20443003.htm

そういえば私の子供のころは、まだカマで稲刈りをしていました。野菜などは大半は自給自足でした。トマトやきゅうりをそのままちぎってガブガブと食べていました。

村をあげて相互に農作業を手伝っていました。隣の谷口さんのところをえんどう豆の皮をむくのを手伝ったら、その日の夕食には、豆ご飯のおいしいものが、お駄賃でとして届きました。

小学生のころはまだ洗濯機もなく、川の水を汲んできてたらい桶で洗濯をしていました。風呂や食事などの水もすべてこんな具合で前の小さな川から汲んでくるのが日課でした。

風呂の日は山から刈ってきて、貯めてある小枝やマキを使って沸かしていました。つい40、50年前のことです。

童謡「春の小川」は、現在の渋谷区代々木5丁目あたりを流れていた河骨川の情景を歌ったものだそうですが、この昔の清流は下水道幹線として地下に埋没。当時は、春には岸辺に咲いたスミレやレンゲが咲きほこっていたのでしょうね。これもたかだか50年前のことです。
http://www.maboroshi-ch.com/edu/ext_11.htm

歴史は人の心の欲求によりどんどん変わっていくものだから、こういった開発の流れもまた仕方がないとは思うけれど、子供のころに味わっていたあの、自然と一体となった生活が懐かしく思い出されます。過去には戻れないでしょうが、もっと自然を大切にしてほしいと思います。
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●異常気象1:トリニダード島の子供たちの喘息

 200 6年5月7日


最近カリブ海のトリニダード島の子供たちや珊瑚などに異変が生じていると言います。珊瑚礁は枯れていき、子供たちの間には喘息が増えているということです。

原因を探ると、あるウィールスがだと分かりました。さらに調べると、それらはアフリカのサハラ砂漠などから飛んでくる砂塵の中に含まれており、海を越えてカリブやアメリカ大陸に降り注いでいるのだと言います。チャド湖などでは急速に水が減り砂漠化しています。

砂塵が多く飛来する日にはトリニダードで喘息の救急外来患者が増えます。

ではなぜ砂塵が急に飛来するようになったのかと言えば、インド洋の海温が上昇しそのエネルギーが地球の北の極地あたりに存在する高気圧と低気圧の層の動きを変化させたため風の動きが変わり、アメリカ大陸方面に流れ、アフリカ大陸上の砂塵が降り注ぐようになったということです。

そのさらに原因は地球温暖化であり、それは大気中に温室効果ガスが増えているからです。温室効果ガスとは、車や電力消費などによる二酸化炭素などです。特にアメリカや日本は京都会議以降もエネルギー消費は増え続けています。誰が増やしているかと言えば私たち自身です。地球温暖化により異常気象や海面上昇やさらには生態系の変化など取り返しのつかない変化を生み出しています。

私たちの行動や考え方、ライフスタイルが変わればまだ元に戻すことは可能でしょう。これは私たちの生き方を問われているということです。
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●新年の思い

 2004年1月3日

新年明けましておめでとうございます。
お陰さまで新しい年を無事に迎えることができました。
 
これまでの46年間、様々な出会いの中で、励まされ、生かされ、助けられながら今日まで来ることができたのでしょう。目に見える人間関係だけでなく、五感を越えた大いなる宇宙の力にも支えられて・・・。そう思うと感謝の念が沸き起こります。
皆様からの応援や力を日ごろよりいただきありがとうございます。今年一年もヴェーダの叡智のレベルから、多くの人に何か貢献できればと考えています。一層のご指導とご鞭撻とともに、ご支援をいただければ幸いです。

往々にして自分の力によって人生が進んでいくように思ってしまいますが、大半は目に見えない大いなる存在の意志によりコントロールされていることが、経験からも分かります。自分の誕生も死も自分のコントロールを超えたところで自然に起こります。生きるということは自分の意志とさらに目に見えない力に支配されています。人が生きるために必要な要素は、食べ物、水、呼吸ですが、どれもが不可欠です。それらは自分以外から摂取し、また口や肺にまで入れた後は、すべて身体の働きに依存するしかありません。このことを取ってみても人生は生きつつ生かされているといえます。
 
あらゆる宇宙の存在物はすべてと相互に関係しながら進んでいると思われます。どのような想念も感情も言葉も行動も、同時に周囲に広がり、また自分に戻ってきます。自分が経験することはすべて、自分が発信したことの結果でしょう。出来る限りの善をなすことは、結果的に、他人にも自分にも生命を豊かにする影響を生み出すことでしょう。
 
1年間で98%も細胞は入れ替わるといわれるこの60兆の肉体でできた私たち人間、しかし変わらぬ意識がいつも私たちの心な深くに存在していることがわかります。その不変の真我を得ることこそが人生のゴールでありスタートなのでしょう。ヴェーダの目的はそこにあります。
 
私の尊敬する今は亡き聖人ラーマクリシュナは、あらゆる宗教を忠実に実践し、すべての宗教のその実践をとおして、真理を悟ったとされています。ヴェーダには「真理はひとつ、ひとは様々な名前でそれを呼ぶ」・・といったような言葉が記されています。富士山の頂上に至るには様々なルートがありますが、異なるルートであってもゴールは一つです。同様にどのような宗教や信条を持っていたとしても、根本には共通する価値観やゴールがあると信じています。ですから違いのなかで争うことは必要のないことと思います。
 
必要なことは自分の意識を万人共通の内なる真我に確立することでしょう。違いの中ににも共通する何かが見えたときに、互いに助け合い、思い合って、共にこの今の時代に生きている同士として生きていけるのでしょう。
 
限りある人生、争いあったり、殺しあったりする変わりに、愛と思いやりのなかで生きていければと感じます。自分自身がかけがいのない命を持つ生命体であると同様に隣の人も同じところから生まれた、かけがいのない命を持つ生命体です。
 
・・・・・・・・こんなことを考えた新年3日目のこんなとんでもない遅い時間帯でした。

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●年末のひとこま

 2003年12月30日

今年もあと一日、皆さんいかがお過ごしですか。終わってみればあっという間の一年間ですね。ラスト・サムライを何だか見に行ってしまいました。トムクルーズが何だか一番サムライ的な感じがしたのは私だけでしょうか。チベットの平原にアメリカ先住民と日本人の文化が混合したような風景で、横浜港から富士山が見え、いきなり江戸城につながるといった映像はきれいでしたが、不思議な日本でした。つい140年ほど前まで日本はサムライの時代だったのですね。なんと言う変わりようでしょうね。しかしこういった映画をとおしてアメリカ人が日本の古きよき日本人魂をいい意味で理解し、力による覇権主義から、抜け出してくれればいいのですが。また日本人の和を尊び心や自然を大切にする精神が戻ってくればいいですね。(しかし派手な殺陣シーンは目を伏せたくなりましたが・・・)

さて、本年は、皆様にはいろいろと盛り立てていただき感謝いたします。よい年をお迎えください。(新しいCD是非是非買ってくださいね・・・・・)。元旦には急ですが、ヴェーダの儀式で向かえる会を行います。時間のある方はいらしてください。お待ちしています。来年もよろしくお願いします。

 

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●サーマヴェーダとの出会い

 2003年12月10日

12月23日に向けて、毎日の業務をこなしながら、ヴェーダの詠唱に励んでいます。

思い出せば、今から22年ほど前、私が24歳頃だったか、(年が分かってしまいますね)、サーマヴェーダのパンディット(専門家)に初めて会い、直にその詠唱を聞いたことを懐かしく思い出します。そのときはそのパンディットからサーマヴェーダを学び、人前で歌うとは夢に思っていませんでした。

ゲストハウスで彼らのお世話をしていた私は、そのごほうびなのか、彼らに呼ばれ、毎日の日課のプージャ(儀式)やヴェーダの詠唱を目の当たりにすることができました。1、2時間も続く彼らの詠唱はとても心地よく何時間でもその場にいたい思いでした。これは私の人生に大きな影響を与えました。サンスクリット語の言葉の響き、流れるように口から発せられる、ダイナミックあり、また優しい言葉の波動は時間のたつのを忘れさせてくれました。

フリーで活動することになった1995年、年頭、ドイツのバッドエムスというライン川の支流を20分ほど電車でいったところのクアハウスにアーユルヴェーダのトリートメントを受けに行きました。仕事で傷ついた心を癒しにと、夫婦で意を決してヨーロッパへの旅に出たのです。その最初がこのドイツです。約2週間のドイツでのアーユルヴェーダツアーの後、スイス、イタリア、フランスと移動しながら、パリの空港から、次に降り立ったのは、南インドのチェンナイだったのです。

テープで慣れ親しんでいたサーマヴェーダを先生から短期間ではありますが、特別に指導を受けることができました。それから8年経った今、さまざまなスランプの後、ここ1年間でCDを出せるとは思っても見なかったことです。昨年は、先生のCDをリリースしました。実はその際に自分もレコーディングをしていたのです。しかしそれを聞いたときには納得できず、まだ早いな思っていました。

今タンブーラの演奏や今回のCDの制作で私をサポートしてもっらているパドミニーさん(ひとみさん)のお陰で、記録用のつもりでレコーディングしたものが、作品となってしまいました。12月6日には手元に製品が届き、感慨深いものがあります。まだまだ修練が必要とは思いますが、自分でも気に入っています。是非皆さんにも聞いていただきたいと思います。

23日はこのCDの発売記念のコンサートでもあり、私にとってひとつの大きな大切なときです。世界が本当に必要なのは心の平和であり、平和の源は幸福です。武力を持ってして平和を作ることはできません。そういった意味でヴェーダの詠唱などをとおして平和の波動を生み出す空間にできたらいいと思います。

今回の23日のコンサートでは、シタールやタブラとのコラボレーションを含めて、いろいろと満足いただけるように準備をしているところです。パドミニーさんのお陰で大船に乗ったつもりでいることができます。前回同様、今回も多くの方のサポートのもとコンサートがうまくいくようにと思います。

会場は150人まで入れます。是非多くの方々とともにこの空間を共有したいと切に願っています。是非是非ご参加ください。お待ちしています。
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●平和への思い(2)

 2003年10月21日

戦ったり、非難していても状況は変わらないし、またそれほど簡単に現在の体制は変わらないのでしょうが、無関心でいることはできません。愛と平和は心の本質なので、いつか必ずそれらがこの世界に広がるでしょう。世界の出来事にとても関心がありますが、何が事実かは、マスコミだけの情報では、本当のところは分かりません。しかし、できるだけいろいろな出来事に関心を持つことが必要です。

時には怒りや落胆を感じることもあると思いますが、イマジンの歌にあるように、世界がいつの日か一つに、平和になることを信じ、行動しましょう。

戦争を超えるには、やはり平和な心が必要ですね。しかし平和をかき乱す真実が例えあっても、そういった背後にある様々な醜さも、それを直視し、知り、それ以上の賢明さをもって、冷静にものごとを捉えられるように、常に自己を向上させていきたいと思います。

また「存在(純粋意識)に確立し、行動せよ」、「三つのグナ(相対世界)越えよ」とあります。

事実を知ることだで人の行動は正されるのかもしれません。バガヴァッドギーターには、「知識は偉大な浄化者」であると書かれています。外側の情報知識とともに、内なる悟り、あるいは純粋知識、両方が必要ですね。

 

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●平和への思い(1)

 2003年10月20日

長い長い歴史の中で、人は常に戦ってきました。死すべき人生に本当に意味があるとしたら悟りを得た意識を生きると共に、また、貧困の中で苦しんでいる人、肉親を失い、路頭に迷っている人、世界中の不幸な人々に愛と勇気と平和を与えるとかな。あるいはそのような人生を生きることですね。

自分の幸せのみを考えて生きることはできません。あの映画「プロミス」に登場する子供たちの純粋な目をみると、彼らのために何かをしなければと思います。

アメリカやまた日本はこれほどの大きな物質的な豊かさを得ながら、まだ不景気といって経済を追求しています。彼らは私たちの50分の1にもみたない物質的な貧困さの中であっても、とてもきれいな目をしていました。

偉大なリーダーたちが過去にも数多くいました。しかしまだ世界は同じように大きな苦しみの中に存在しています。私たち日本人は今本当に目覚めなくてはいけませんね。自国の国益のために、アメリカのイラクへの戦争を支持したと政治家が発言していました。これは間違いですね。どれほどの罪の無い人々が血を流し、苦しみ涙しなくては世界が平和にならないのでしょうか。

悲惨で、不幸な出来事を見ると悲しみや慈しみの感情がやってきます。しかしあきらめず自分のダルマ(生きる道)を果たすことですね。世界がどのような状況であっても、無視しないかぎり世界は変わるはずです。直視し、また限りない至福意識を得て、人は必ずよりよい自己と社会のために貢献し、またその思いを実現できると信じるます。ヴィヴェーカーナンダやその師ラーマクリシュナの言葉が思い出されます。

Arise! Awake! and do not stop till the goal is reached!

起て!目覚めよ!目的を達成するまで止まってはいけない。

http://yoga.kayac.com/message/
http://www.maharshin.com/PDA/Hviveka.html

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●節電

 2003年7月4日

 東京電力が原発を停止し、点検をしています。
 思い出すのは、子供の頃とインドに行ったときの計画的な停電のことです。私たちは電気がなくては生活できない環境に済んでいます。しかし、電気の大切さには無頓着なところがないでしょうか。停電して初めて、その貴重さに気がつきます。

 子供の頃は、時々電気は停電しました。裸電球だけの照明とラジオ。それが停電するわけですから、しかもまったくの田舎でしたから、真っ暗闇で、かつ無音でした。

 インドにヴェーダの勉強にヴァラナスィ(ベナレス)に行ったときは、ほとんど毎日といっていいほど、停電や断水がありました。しかし、マスタードオイルにコットンの芯を入れたろうそくを買っておき、停電の時は、それに火をつけてしのいでいました。または、寝ることにしていました。水などは、バケツにいつも一杯の水を汲み部屋に置いておきました。

 宇宙から見る日本の夜景はひときわ明るく輝いているようですが、原発の安全性や使用済み燃料の処理の問題から言って、未来に大きな危険な負の遺産を残しながら、膨大な電気エネルギーを使用している私たちの生活を、根本から見直すときではないでしょうか。真昼もこうこうと輝く駅や店の照明、ドアを開けながらまるで地球を冷暖房しているかのような見せの空調の仕方を見るとなおさらそのことを考えます。電力消費がピークになる夏にあわせて、それをカバーするためという目的で原発などを稼動させるのではなく、電力消費を抑えるような、料金体系の見直しなどをすべきでしょう。

 ときには照明や電気をすべて消して、原始の時代をイメージするのもいいかもしれませんね。便利快適さから多少の不便さも楽しむことの余裕を持つ時間もたまにはいかがですか。

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●7月12日のヴェーダコンサートへ向けて

 2003年6月

暑い夏の到来を予感させる今日この頃ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

 インドでは90年振りの猛暑のため数千人が亡くなられました。地球的な規模で気候変動の影響が健在化してきています。私たちが大気中に毎日捨てている二酸化炭素など、温暖化ガスによる温室効果の影響で、海温が上昇し、海流や大気の流れが変わり、気候変動となって現れます。大量消費大量破棄といったこれまでのひとりひとりの行動やライフスタイルの集合が地球環境さえ激変させるのです。

中東の戦争では正義の御旗のもとに罪なき多数の一般市民が亡くなりました。同じこの宇宙船地球号の乗組員である60億の魂は一なる永遠の生命の異なる表現です。殺し合い、敵対する必要などないはずです。ともに助け合い、成長していくべきものです。自然は、万人を平等に愛の衣で包んでくれています。心を、内なる純粋な叡智、自然の源と結び付け、エゴ、執着、怒り、恐れ、支配、所有といった感情を超えて、平和で永続可能な美しい時代を創造していきたいものです。これから生まれてくる世代のためにも。

同じ地球に、同じ人類として、同じ時代に生まれた私たち全員、命の糸でつながっています。60兆以上の細胞が1人の人間をささえているように、森羅万象が1つの無限の宇宙生命を形づくっています。宇宙の意志により、私たちは今ここに必要とあって存在しています。幸せとは「仕合わせ」であるといいますが、仕え合う、与え合って、成長すること、それは自己満足以上の幸せをもたらし、世界平和にも寄与することでしょう。

さて、4月1日には、数多くの皆さんのお力添えをいただきサーマヴェーダ詠唱のCD発売記念コンサートも無事に終わりました。光陰矢の如し、と言いますが、あれよあれよという間に、時は駆け足で流れ過ぎてきました。インド・チェンナイ在住のヴェーダの専門家ラーマムールティ師と私の二人三脚で紹介してまいりました「ヴェーダの叡智」に触れる方々もお陰さまで少しずつ増えてまいりました。

さらに少しでも多くの皆様に心の静寂と調和の味わいを体験していただこうと思い、第2弾、「VEDIC・WISDOM(ヴェーダの叡智)Part1〜太古ヴェーダ・マントラ詠唱のミラクル」と題し、サーマヴェーダの詠唱コンサートを行うことにしました。ソーマメディテーションの味わいを体験していただけます。

今回は、私のサーマヴェーダを中心としたヴェーダ・マントラの詠唱、PADMINI(パドミニー)さんのタンブーラ、KNOB(ノブ)さんのディジュリドゥ、佐藤一憲さんのパーカション演奏とのジョイントです。

是非、たくさんの皆様にヴェーダ・マントラの深い言葉の静寂と調和の響きを体感いただくとともに、管楽器、弦楽器、打楽器といった異なる音色の重なり合う様をお楽しみいただければと思います。皆様ご多忙とは存じますが、お誘い合わせの上お運びいただきますようお願い申し上げます。

皆様のご多幸、ご発展を祈念いたしますとともに、今後ともご指導、ご鞭撻のほどお願い申し上げます。

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●NO WAR 平和への願い

 2003年3月20日

今日という日は歴史の中で大きな意味のある日として、今後の世界史に残されるでしょう。

私たちは今試されています。
何のために人生はあるのか。
何が真実なのかを見極める心。
なすべきことをなしているかということ。
現実の世界で起こることはすべて私たち全員の心の繁栄であること。
まだ戦争は止められます。
皆さん戦争にはNOという声を表明しましょう。
80%の日本人は今回の戦争には反対しています。
しかし政府はそれとは別に動いています。
あきらめていませんか。
もし80%にあたる、9千万人、あるいはその10%の9百万人が、首相官邸やアメリカ大使館や自民党などに「戦争に反対です」「アメリカのイラク攻撃に反対です」・・・・ひとことでもいいですから、電話、FAX、メール、手紙で意志を表明したらどうなるか想像してみてください。日本がもし国連の場や国際社会でより積極的に戦争ではなく、国連や国際司法の場で解決する努力をしたならどうなるでしょうか。

戦争によっては何の解決もありません。
平和への努力には期限はありません。
12兆円以上もかけて戦争を起すのではなく、その予算で平和をいかに構築するかを考える費用に当てれば平和が達成されないはずはないのです。

戦争で破壊し戦後復興を考えるというこの政府の発言には驚きます。

ブッシュ大統領の発言や小泉首相の発言をよく聞いて見てください。
とても理解できるものではありません。
とても無理のある論理展開であることがわかります。
大きな矛盾を含んでいます。

明るく、平和な気持ちで、是非、「戦争には反対です」「アメリカの支援をしないでください」、などと自分の言葉で意志を表明してください。

是非、皆さんで平和を祈り、意思を表示しましょう。
なすべきことをなして、人類が新たなる進化へと進めるよう、悔いのない行動を今起すときです。

本の数分間の時間を意思表示に使うだけでいいのです。
今がとても大切なときです。
すべては私たち自身の心の反映です。
私たちの心が現在・未来の世界を創造するのです。
この戦争は私たちに平和の心を深く育てるでしょう。
さもなければイラクの国民の死が無駄になります。

2千数百万人のイラク国民の半分は20未満の人たちと言われています。
同じ地球市民です。すべては一つの大いなる生命の多様性としての表現です。殺しあう、争いあう必要はないのです。

私たち日本人は、広島、長崎で痛みを経験しています。
私たち日本人こそが、真の平和を創造する力を持っているのです。
ちょっとした勇気と愛があればすべては変わります。

皆さんの忙しい毎日の時間の少しの時間をいただきたいのです。

まだまだ肌寒さが続く毎日ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
随分ご無沙汰している皆様も多いかと思います。
 
私は西荻窪から引越し、目黒に住むようになって三年目になります。メディテーション指導やカウンセリング、司会などといろいろと活動を行っています。

病弱の父が数年前には、もう来年の夏は越せないかもしれないという時期がありました。そのとき、それまでサーマヴェーダというインドの聖典の詠唱を学んでいたこともあり、興味を持っていたインドの伝統的なヴェーダの婚礼や法要の儀式、ヴェーダの吟唱を学びにインドに行こうと思いました。父が亡くなったときは、ヴェーダによる法要を自分で行おうと思ったわけです。そのようにして思い立って無計画で、とにかくビザが有効な半年間、適切な師の下で学ぼうと師を求めて旅立ちました。サーマヴェーダの師が住む南インド・チェンナイから入国し、様々な出会いの中で、シュリンゲーリのシャンカラーチャーリア法王にも会い、その後、北インドのヴァラナスィ(ベナレス)で南インド出身の師と出会い目的とする勉強ができました。さまざまな奇跡的とも思えるご縁の中で、十分ではないのですが、目的とする勉強を行うこともできました。北インドのブッダガヤのブッダが覚醒したといわれる菩提樹のもとで、とても感涙を伴う瞑想の時を持つことができました。人間の持つ無限の可能性というものに感動したひと時でした。父のことを心配しながらもヴェーダ学習に専念していました。・・・・・そういったことも今となれば懐かしい思いです。

帰国してからも、状況は悪くなれど、良くなることはないのですが、父とは無事に再会もでき、ともにいることが親孝行と思い、今も一緒に毎日を過ごしています。

最近の世界情勢を見、同時に身内一人の生命の尊さを思うとき、自国の利益のために正義の名のもとに多くの人々を死に追いやる大国のエゴ感じます。米国での同時多発テロ以来、多くの人がそうであるように、平和ということに特に思いを馳せるようになったのではないかと思います。ユネスコ憲章にあるように、「平和はひとりひとりの心の中に平和の砦を築かなくてはいけない」のでしょう。瞑想はまさにその具体的な方法ではないかと思います。
 
ヴェーダ的な観点からは、マントラ(真言)の持つ調和や癒しの言葉の波動が、目に見えない精妙なレベルから世界の平和に貢献するのではないと思います。イデオロギーを超えたところから、調和を生み出すのです。このような思いの中、サポーターの方の資金援助もいただき、七月にサーマヴェーダの師であるラーマムールティ先生を招待し、インド大使館などでサーマヴェーダの詠唱公演の機会を持つことができました。ヤジニャ(ヤギャ)といった伝統的な儀式を、少数の参加者とともに南伊豆で行うこともできました。
 
その間、幸運にもサーマヴェーダのレコーディングができ、さまざまな方々の協力の中、ようやくCDが完成することになりました。夢の中で黄金に輝く蓮の花を見た数日後、知人の金姫さんが描いて下さった、CDジャケットカバーのイラストを見て驚きました。まったくそれと同じイメージのゴールデンロータス(黄金の蓮の花)だったのです。 今回は、CDの完成記念に4月1日にはお披露目の会を行うことになりました。金姫さんのイラストの展示、インディアンフルート演奏、KNOBさんのオーストラリア先住民の笛ディジュリドゥ演奏、黒川五郎先生の裏千家立礼式お茶のお手前、大阪から、インドで一緒だった山田眞由美さんのミュージックセラピー、岩本明由子さんの岩笛、ラーマムールティ先生の国際電話によるメッセージやサーマヴェーダ吟唱、そして私も少しヴェーダを吟唱いたします。

様々な個性の集まりが、それぞれの角度から平和の雰囲気を生み出すことと思います。当日はCDの販売も行います。是非多くの皆様にお越しいただきたいと思います。
 
またお目にかかれることを楽しみにしつつ、皆様のご健康、ご発展をお祈り申し上げます。

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●悔いのない生き方

 2003年1月30日

 ジョーティシュの鑑定を行っていますが、星を見ることからその人のさまざまな状況が見えてくるのは驚きです。私も昨年は先生から言われたことがあります。友人が去るだろう、と。しかし正直いってあまり深くは取っていませんでした。しかし、最近分かったことですが、そのようなことがありました。心が痛みましたが、これも私のカルマと冷静に受け取りました。またある方からお父さんのヤジニャを受けたいと依頼がありました。しかしジョーティシュの先生は、受けてもその方の死は避けがたいといわれました。でもできることはしたいという息子さんの思いがありました。結局末期の脳腫瘍のその方は亡くなられました。人生は定められているものか、また自由意志がありどうにでも変えられるのか、といったことを考える一つの出来事でした。しかし、目の前にあること、またやってくる様々な出会いやできごとに、100%で望むこと、これが今できることと思いました。たとえどのように予言されても、正直に本心で受け取り、悔いのないような生き方をすることだなというのが結論です。瞑想をし真我に立脚し、自己を整え、そして日常では皆が平和であることを願い、できることを行うことですね。大きな広い心で。政治家や、だれそれが悪いと、人のせいにしていては問題はなくなりませんね。まず自分がどのように考え行動するかですね。読者の方から愛と平和にフォーカスすることの大切さを教えていただきました。批判や非難だけでは大きくものごとは変わりませんね。少しずつでも皆の意志、力、お金が集まり有益な活動に使われれば、大きな流れが生まれるでしょうね。・・・・こんなことを思った今日です。

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●戦争によって平和は得られない

 2003年1月5日

私は、心の平和という観点から、世界の平和といことを考えてきました。また環境問題も同様です。しかし私自身の限られた力の範囲では、到底、解決できない問題が山積です。さまざまな問題が同時並行に、私たちに押し寄せています。

しかしそういった中でも多くの人たち、特に多くの女性の方々が頑張っておられます。これまで当メルマガでは、何度も登場した、<きくちゆみ>さんもその一人です。農的な生活をもとに、世界平和の問題に取り組んでおられます。

また<中村いづみ>さんは、綾の森を守るために頑張っていらっしゃいますす。そのほかにもたくさんの方々が、自分の身を削って、大切な命を守ろうとしておられます。

そのような動きに痛く感動します。自分ができない分、彼女たちにやってもらっている感じです。

今、私たちが考えなくてはいけないのは、一瞬一瞬を大切に生きることと、また私たちに続く未来の大人たちに、永続可能な社会を残すことではないでしょうか。

もちろん私はヴェーダ的なアプローチが大切であると感じているのですが、そのためには生命の根本的なレベル、つまり純粋意識のレベルから、豊かさを生み出すことだと思います。それがメディテーションであり、ヤジニャ(ヤギャ)といったヴェーダテクノロジーです。

しかし私一人の動きでは、まだまだ時間がかかります。時間がかかっても自分のスタンスで活動していきたいと思っています。表面的なイデオロギーや活動の限界というものがあります。それは歴史が証明しています。数え切れないほどの平和運動と戦争がこれまであったわけですから。

しかし、今、私が心が痛むことは、罪のない市民が戦争によって、殺されていくことなのです。アフガニスタンでもそうでしたし、イラクでもそうなる可能性があります。湾岸戦争の時には劣化ウラン弾が使用され、今もその放射能の後遺症で苦しむ人々がたくさんいます。

アメリカにはそれなりの理由があるのでしょうが、もうこれ以上殺戮の歴史を繰り返してはならないと思います。アフガニスタンの人々のことはもう忘れられてしまったかのようですが、同様に多くの市民が犠牲になりました。

戦争で得られる平和などありません。今、イラクを攻撃しなくてはいけないという理由はありません。戦争にはノーと言いたいと思います。

戦争が幼い命の中に与える、恐怖はどんなものか計り知れません。子を持つ親であれば、また年老いた、病弱な親を抱える人たちなら分かると思いますが、その日常生活の中に突然ミサイルが飛んできたときどうなるでしょうか。

また戦争により肉親を殺された人たちは、どんな思いをするのでしょうか。テロを将来起こしても仕方がないほどの、心理的ダメージを与えるでしょう。これ以上、世界に悲しむ人々を生み出すことは許されません。

戦争によって生まれる平和などないのです。私たちの税金は湾岸戦争のときも、アフガニスタンのときも、戦争に使われました。たとえ直接戦争に関与していないといっても、それは当たりません。このことは大きなカルマとなっていずれ日本人全体に降りかかってくるでしょう。

また、戦争は地球環境をおそろしく破壊します。日本や世界各地で自然を守るために活動している人たちが多くいます。大地、森、川、山々、動物、植物・・・。さまざまな自然や生態系が私たちの生活をも支えています。戦争は地球規模でそういった秩序を破壊します。

戦争を行うお金があるなら、それは世界中の飢餓、貧困の根絶、医療、教育、自然エネルギーの開発、永続可能な社会の創造のために使われるべきです。

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●新年への思い
 2002年12月26日

 

毎日、幸せに生きていられることに感謝しています。

私たちはこの宇宙の住人のひとりであり、ひとりひとりは心と体の深いレベルでつながっています。人は毎日数キロの食事と数百ccの水、数十リットルの空気を取り入れています。そして排泄しています。それらを材料とし、私たちは生きています。環境と人は肉体的に確実につながっています。また生命活動を深く見ていくと、精神的なレベルでもあらゆるものとつながっているということは確実です。

ですから私たちは生きつつ、また生かされているということに感謝の念を覚えるのです。

人は自然や宇宙の一部であり、また自然や宇宙による創造物です。
自然界に見られる秩序は、この創造世界の根本には唯一の大いなる知性が機能しているということを思い起こさせてくれます。

私たちは何のためにいきているのでしょうか。
私たちの存在意義はどこにあるのでしょうか。

苦しむために生まれてきたのでも、戦争をするために生まれてきたのでもないでしょう。幸福な人生、平和な世界を謳歌するためにいるのではないでしょうか。

しかし目の周りをみても、世界をみてもそこには苦しみや、悩みや、戦いがいたるところにあります。毎日のニュースを見ても、そこには問題が常に列挙されています。問題を解決するために莫大なお金が使われています。ぜこのようにネガティブな状況を作ってしまうのでしょうか。

世界で最も富める国では、人々は不況という合言葉の中で、貧しい国々に何をしているのでしょうか。毎日5万人が餓死しています。戦争は大きな環境破壊を生み出します。そして罪もない人たちを殺してしまいます。

こうなってしまっては中々ちょっとやそっとのことで、永続可能な、循環型の社会を作るのことは難しく思えます。しかしその中でも多くの人たちが、ひたすら理想社会の創造のために頑張っているのも事実です。そのことに私は一筋の光を見ます。勇気をもらいます。

世界中で起こっていることは、一人一人の心や体の中で起こっていることの集合でしょう。まずは自分自身の内側を整え、そして長いようで短い人生を、自分だけではなく世界の幸せのために貢献したいと思うのです。

ネガティブな出来事は、そういったプロセスを経てしか、地上に天国をつくることができないという人間の意識のレベルなのでしょう。壊滅的な状況がさまざまなレベルにやってくるという予感がするのですが、しかしブッダイエスなどがそうであったように、一人の心でも大いなる天とつながれば強大な光のパワーを生み出すことができることを表しています。

多くの人たちが、瞑想し自己の真我に繋がり、自然の秩序を体現し、この時代を平和でバランスが取れた方向へと導いていただきたいと思います。

一瞬一瞬を大切に、一つ一つの物や出会いや、出来事を大切にし、最大限努力すれば、成し遂げられないことはないのでしょうね。

自分のことを考えつつも、可能な範囲の時間、お金、力を、社会や世界のためにも向ければ全体として大きな流れを作れると思います。さまざまな情報を配信していますが、皆さんが賛同できることがあれば是非そういった人たちを支援してあげて戴きたいと思います。それらは結局は長期的に見て自分にも返ってくるものです。

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●思い

2002年12月

皆様にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。皆様にはお世話になり感謝しております。

 私は、1975年より瞑想の指導などに携わってきました。1995年からの約7年間は勉強期間を置いて、2002年7月より、サーマヴェーダの専門家であるラーマムルティ師より、「ソーマ・メディテーション」の指導を始めました。日印国交50周年の年、満月のグルプールニマーの日を迎え、師を招待し、その場にふさわしいインド大使館オーディトリアムにて、コンサートを開催しました。それがヴェーダを世に伝えるこの新しい活動のささやかな始まりとなりました。

 1995年、縁あって南インド・チェンナイ在住のパンデット・ラーマクリシュナン先生にサンスクリット語の詩吟、「サーマヴェーダ」を指導いただき、帰国後、その神髄を極めようと吟唱に明け暮れました。2年前、長期インド滞在中に幸運にも吟唱者としての認定を授かり、これまで友人の協力を得て公演の場を持つことができました。今後はさらにたくさんの皆様にお聞きいただきたいと準備を進めています。皆様の心の深くに、ヴェーダの音の響きが持つ静寂、調和そして平安の波動が少しでも提供できれば嬉しいと思います。

 この1995年からは、私には大変大きな忍耐と学びの時期でした。また、私が関心を寄せる地球環境問題は、いろいろなレベルで問題が顕在化した時期でもありました。何事にも経済を優先してしまう人の意識は地球環境まで激変させてしまいました。自然環境だけでなく、政治、教育、健康を含めあらゆる領域にはっきりと歪みが現れています。国の専門機関は、地球温暖化は2010年頃から加速すると発表していますが、その頃、同時多発的にさらにたくさんの問題が噴出する可能性があります。このままでは、次の世代に生きる子供たちに最低の生活さえも保障できないような環境を残してしまうのではないかと悲しくなってしまいます。今、様々な立場や理念を越えて人智を集め、一つになって改革に取り組む時だと思います。

 またもう一度これまでの生活を見直して、人間存在の意義について考え直す時でもあります。「この宇宙は自然の法則によって生み出されたもの。したがって人間は自然の一部であり、自然を越えては生きられない」。この当たり前のことを私たちはよく認識する必要があるのではないでしょうか。

 諸問題の原因は自然の摂理に反する考えや行動です。その考えや行動の源は心です。さらに心の源は内側の真我であり、真我は人が最も自然の法則と調和する意識状態です。インドでは古来、宇宙の総体をブラフマン(梵)、個人の中心をアートマン(真我)と呼び、両者は海と波のように全体と部分の関係だと考えていました。「我はブラマンなり」という格言がありますが、このことを本当に知ることが「梵我一如」と言われる悟りの境地です。それは最も自然と調和した状態です。

 私たちは、溢れる物、溢れる情報の中で、知らず知らずのうちにそれらに洗脳されていることに気づいていないことが多いのです。内側にやってくる純粋な気持ちや直感、自然に対する畏敬の念や、周囲に対する思いやりや愛を取り戻すことです。そして社会の全分野で、経済優先のシステムから生命優先のシステムへとシフトする努力がますます必要になります。

 子供のころ住んでいた田舎のように自然と共生する「理想村」作りを夢見ながら、今は地道に瞑想の普及を行い多くの方々に真我の価値を体験していただきたいと考えています。皆様からのご支援、ご指導を賜り前進したいと思います。皆様のますますのご発展をお祈り申し上げます。

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●米国同時多発テロ

 2001年10月

  今日は9月25日です。肌寒い朝です。あれほど暑かった夏も過ぎていきます。「正義とは何か?」と考えさせられる今日この頃です。

 唯一の原爆被爆国である私たちの日本。私たちは戦争の苦しみ、平和の尊さを身をもって感じています。つい50年ほど前のことです。

 今は大切なときです。この新しい世紀、私たちは過去の反省の上に、新しい平和で自然と調和した未来を築いていくときです。
 競争から共生、戦いから融和、物質的繁栄から精神的豊かさの回復、得ることから与えることの価値観、自然破壊から自然との調和、お金から命・・・・・・・。報復や戦争によって平和は作れません。

 今はこのことに気づくとてもいいチャンスです。一般市民を多数犠牲にした悲惨なテロ事件。本当に残酷なことです。犠牲者の皆様のご冥福をお祈りし、家族や身内、関係者の皆様の悲しみを分かち合いたいと思います。この事件で私たちは、平和、生きていることの喜び、命の大切さを実感しました。この悲惨な事件を教訓として、新しい価値観へと私たちの意識を変えていこうではありませんか。

  これ以上、人の死を生み出す行為はやめなくてはいけません。報復活動は何の利益を生み出さないことは、私たちはよく知っているはずです。それはあらたな報復を生み出すだけです。徹底的にやっつければ、怒りや憎しみの火は消えるどころか、あらたな怒りや憎しみの火が燃え上がります。そして世界は、再び古い価値観へと戻っていきます。世界中で暴力が正当化されます。より巧妙で大きなテロが、日本を含め世界に飛び火します。大きな戦争へと発展する可能性もあります。

  時代は経済的、物質的な強さを持つ人々によって支配されています。そしてその人々の価値観が常識と考えられます。正義という名のもとに、戦争という集団的殺人さえも正当化されます。何がテロリズムを生み出しているのでしょうか。その原因を直視し、問題を解決しなくてはいけません。でなければ人類の平和と安寧はこれからも常に脅かされるでしょう。

  私たちはマスコミからの情報だけで踊らされずに、冷静で広く深い心のレベルから物事をとらえていく必要があると思います。武力ではなく愛の力によって、相互理解によって解決していくべきです。そして是非、自分の素直な気持ちを各国のリーダーやマスメディアに意見として伝えましょう。大多数のそういった思いは時の流れを変えることができます。

自分が今ここに生きていられること、生かされていることに感謝すると共に、心から世界の平和と人々の幸福を祈ります。(2001年9月25日)

  残念です。今日、10/8、米軍によるアフガニスタンへの空爆が始まりました。寒波が襲うこの寒空のもと、どのくらいの人が寒さと飢えで苦しんでいるのでしょうか。どれほどの罪もない一般人が死んでいくのでしょうか。戦争でテロを根絶できるのでしょうか。正義という名の下で人を殺戮することは許されるのでしょうか。4兆円ものお金がアフガニスタンの貧困の根絶のために使われたならどうでしょうか。みんなで平和を祈りましょう。(2001年10月)

 米国はさらにイラクへと戦争の波を広げようとしています。(2002年12月15日)

「わたしは今思うのは、本当にテロを無くそうと思うなら、やはり報復行動は止めるべきであると思います。 個人のレベルでさえ、何かの殺人や暴行があった際、事実関係を十分に調べ、裁判で判決を下します。 それには長い時間がかかることもあります。 犯人にすぐ暴行を加えたり殺すということはしません。 そして、良いか悪いかは別として、必要なら死刑にします。 この死刑でさえも廃止を唱える人がいます。 国家レベルであればなおさら慎重にすべきだと思います。 かなり確実だとはいえラディンが犯人かどうか確実な情報はまだはっきりと示されていません。 もしそれが事実であるならば、攻撃の変わりに徹底的に犯人を捜し捕まえる必要があると思います。 粘り強い努力が必要です。 そういうやり方にはイスラム諸国は反対しないでしょうし、反米感情もさほど生まれないと思います。

ブッシュ大統領は「これは戦争だ」と最初から言っています。 これは戦争ではなくテロなのです。 彼は、今日「タリバン政権とは今後いかなる交渉にも応じない。ブッシュ・ドクトリンを発動する」と声明を発表しました。 「外交はタフな交渉ごと」と言われているそうです。 今このように門戸を閉ざしていいのでしょうか。 世界を巻き込む大きな戦争に拡大する可能性もあります。 アメリカの反応はあまりにも慎重さに欠けます。 発言事態が状況を変化させていきます。まずアメリカは自国の行動を見直し、イスラエルよりの態度をあらため、中東への過度な介入をやめるべきでしょう。

今回の米国同時多発テロ事件に関しては、原因が何であれ間違った行為です。 このことはアラブ世界であっても、その状況を見れば誰もがそう認めると思います。 しかし報復攻撃が最初にありきで、そのほかのさまざまな思惑も見え隠れする中で、攻撃をしかければ、当然様々な問題を生み出します。 どれほどの一般市民が巻き添えになるか分かりません。 既に数百万人の難民が生じています。 喧嘩両せいばいといいますが、テロリストの行為は悪だとしても、その行為を生みだした原因はアメリカにもあります。 テロリストは自分たちを正当化するにはテロといった行為しかないわけです。 聖戦と称して自爆テロを行うしか圧倒的な軍事力を誇るアメリカに憎しみを返す方法はないのだと思います。 それほどに彼らを追い込んでいるものがあります。またそのように子供の頃から洗脳・教育されています。

個人レベルでも国家レベルでも、もし愛と英知があればもっと別の行動をとるはずです。 テロ事件による6千人以上の悲惨な死、関係者の深い悲しみ。 これを報復活動という形で仕返すことは、得策ではないと思います。 今のアメリカの行動を動かしているのは、一時的な感情、白人優位主義、異教徒への偏見・蔑視、自国の立場・プライド、経済、政権の延命・・・・・・・ といったようなものしか見えてきません。 世界を平和にしようといった愛の精神は見えません。 平和を生み出すには愛や忍耐や冷静さが必要です。 これはアメリカだけではなく世界の全体に言えることと思います。

悲惨な死を遂げた人々の家族や関係者の心は、米国の徹底的な報復行動で新たな6千人以上の犠牲者を出すことで平和になるのだろうかと思います。 もし遺族が報復戦争の後、アフガニスタンを訪れ、多くの市民の悲惨な死を目の当たりにしたとき、そばで泣き崩れる家族の様子を実際に見たとして、心から喜べるのだろうかと思います。 犯人は裁かれる必要があると思います。 悲惨さを、怒りや憎しみをもとに、力で押さえつけることの気持ちは分かりますが、もうこの辺で、考え直して欲しいと思います。 戦争はいい加減にやめて、そのエネルギーを真の平和を生み出すための努力に変えて欲しいと思います。 そうすればすぐにでも平和は生まれると確信します。 世界一の経済・軍事大国であればこそそれができるのです。

さらに戦争ほど地球環境を破壊する行為はありません。 ただでさえこの地球環境は破壊されています。経済戦争という行為によって。 さらにこの攻撃・戦争による環境汚染、エネルギーの浪費は想像を越えるものがあります。

国家といえどもそれは個人の集合で、国家の首長は国民の意識の繁栄です。 そして世界はそういった国家の集合体ですから、国の行動は結局の所その国民の考え方を表しています。 個人個人が自分さえよければいいという考えでいれば、当然国家はそのように動いていきます。 そして世界の人類の意識がその行動の流れを、さらに動かしていきます。 今回のこのテロとそれに対するアメリカの行動と、これから起こるだろう行動も人類の集合意識によって左右されていくと思います。 まだまだ人類は未成熟であって今回の出来事もこの人類のレベルが生みだした必然的な結果なのでしょう。 あるいは人類とはそもそもこういうものなのでしょうか?私はそうは思いたくないし、人類の可能性はもっともっと大きなものがあると信じています。

また、日本政府の今回の対応は本当に情けないと思います。 これほどまでに主体性のない、ただただ他国に追随し、アメリカのご用聞きのような態度をとる首相にはあきれました。 とはいってもこれが日本の国民意識の総意だからしょうがないのでしょうか。

ごく一部の人々が富や豊かさを謳歌し、大多数の人々は貧困で苦しんでいる世界。 その貧困の上に先進国といわれる国々の豊かさがあります。 しかしそのことを知りながらも、豊かな人はもっと豊かにと考えています。 貧しい人はますます貧しくなります。 アフガニスタンは旧ソ連との長い戦いの中で、一般市民は大きな貧困のなかにあります。 この戦争でますますそれが拡大します。 富める国アメリカは自分は豊かな中にいながら、貧しさで一杯のこの国の市民をさらに苦しめます。 住む場所を追われ居場所無く難民となったり死ぬ人々。 テロや戦争を起こして死ぬ人たちはいいでしょうが、苦しむのは罪もない人々です。 さらにこの報復行動で、関連する様々な国や地域であらたな不安定な状況を生まれる可能性があります。 世界で最も富んでいるアメリカ、そして日本・・・・・。 この富は途上国や質素に自然とともに生活する多くの人々の貧困の上に成り立っているところがあります。 これまで経済が行き詰まると戦争が起こってきたのではないでしょか。 軍需景気というものがこれまで国の経済を豊かにしてきたという歴史もあります。 日本もその恩恵に預かってきています。 もしどこかにこのことを期待し、戦争を起こしたいという人々がいるとしたら悲劇です。 そうでないことを願いますが。

世界中の多くの心ある人々は報復行動に異を唱えています。 そして愛の力によって、平和が生まれることを望み、日々祈っています。 憎しみや怒りの鎖を断ち切り、愛と平和の流れで世界がつながれる日がくるのを待ち望んでいます。 小さな一人一人の努力と愛の力が紡がれ強い大きな流れとなり世界を動かしていくことを祈っています。 武力や権力で世界の平和を生み出せないことは歴史が証明しています。 歴史は繰り返すと言いますが、ここでこの戦いの歴史に終止符が打たれ、愛と調和の時代の幕開けがくるように大いなるこの宇宙の創造主に祈る気持ちです 」

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