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今日という日は歴史の中で大きな意味のある日として、今後の世界史に残されるでしょう。
私たちは今試されています。
何のために人生はあるのか。
何が真実なのかを見極める心。
なすべきことをなしているかということ。
現実の世界で起こることはすべて私たち全員の心の繁栄であること。
まだ戦争は止められます。
皆さん戦争にはNOという声を表明しましょう。
80%の日本人は今回の戦争には反対しています。
しかし政府はそれとは別に動いています。
あきらめていませんか。
もし80%にあたる、9千万人、あるいはその10%の9百万人が、首相官邸やアメリカ大使館や自民党などに「戦争に反対です」「アメリカのイラク攻撃に反対です」・・・・ひとことでもいいですから、電話、FAX、メール、手紙で意志を表明したらどうなるか想像してみてください。日本がもし国連の場や国際社会でより積極的に戦争ではなく、国連や国際司法の場で解決する努力をしたならどうなるでしょうか。
戦争によっては何の解決もありません。
平和への努力には期限はありません。
12兆円以上もかけて戦争を起すのではなく、その予算で平和をいかに構築するかを考える費用に当てれば平和が達成されないはずはないのです。
戦争で破壊し戦後復興を考えるというこの政府の発言には驚きます。
ブッシュ大統領の発言や小泉首相の発言をよく聞いて見てください。
とても理解できるものではありません。
とても無理のある論理展開であることがわかります。
大きな矛盾を含んでいます。
明るく、平和な気持ちで、是非、「戦争には反対です」「アメリカの支援をしないでください」、などと自分の言葉で意志を表明してください。
是非、皆さんで平和を祈り、意思を表示しましょう。
なすべきことをなして、人類が新たなる進化へと進めるよう、悔いのない行動を今起すときです。
本の数分間の時間を意思表示に使うだけでいいのです。
今がとても大切なときです。
すべては私たち自身の心の反映です。
私たちの心が現在・未来の世界を創造するのです。
この戦争は私たちに平和の心を深く育てるでしょう。
さもなければイラクの国民の死が無駄になります。
2千数百万人のイラク国民の半分は20未満の人たちと言われています。
同じ地球市民です。すべては一つの大いなる生命の多様性としての表現です。殺しあう、争いあう必要はないのです。
私たち日本人は、広島、長崎で痛みを経験しています。
私たち日本人こそが、真の平和を創造する力を持っているのです。
ちょっとした勇気と愛があればすべては変わります。
皆さんの忙しい毎日の時間の少しの時間をいただきたいのです。
まだまだ肌寒さが続く毎日ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
随分ご無沙汰している皆様も多いかと思います。
私は西荻窪から引越し、目黒に住むようになって三年目になります。メディテーション指導やカウンセリング、司会などといろいろと活動を行っています。
病弱の父が数年前には、もう来年の夏は越せないかもしれないという時期がありました。そのとき、それまでサーマヴェーダというインドの聖典の詠唱を学んでいたこともあり、興味を持っていたインドの伝統的なヴェーダの婚礼や法要の儀式、ヴェーダの吟唱を学びにインドに行こうと思いました。父が亡くなったときは、ヴェーダによる法要を自分で行おうと思ったわけです。そのようにして思い立って無計画で、とにかくビザが有効な半年間、適切な師の下で学ぼうと師を求めて旅立ちました。サーマヴェーダの師が住む南インド・チェンナイから入国し、様々な出会いの中で、シュリンゲーリのシャンカラーチャーリア法王にも会い、その後、北インドのヴァラナスィ(ベナレス)で南インド出身の師と出会い目的とする勉強ができました。さまざまな奇跡的とも思えるご縁の中で、十分ではないのですが、目的とする勉強を行うこともできました。北インドのブッダガヤのブッダが覚醒したといわれる菩提樹のもとで、とても感涙を伴う瞑想の時を持つことができました。人間の持つ無限の可能性というものに感動したひと時でした。父のことを心配しながらもヴェーダ学習に専念していました。・・・・・そういったことも今となれば懐かしい思いです。
帰国してからも、状況は悪くなれど、良くなることはないのですが、父とは無事に再会もでき、ともにいることが親孝行と思い、今も一緒に毎日を過ごしています。
最近の世界情勢を見、同時に身内一人の生命の尊さを思うとき、自国の利益のために正義の名のもとに多くの人々を死に追いやる大国のエゴ感じます。米国での同時多発テロ以来、多くの人がそうであるように、平和ということに特に思いを馳せるようになったのではないかと思います。ユネスコ憲章にあるように、「平和はひとりひとりの心の中に平和の砦を築かなくてはいけない」のでしょう。瞑想はまさにその具体的な方法ではないかと思います。
ヴェーダ的な観点からは、マントラ(真言)の持つ調和や癒しの言葉の波動が、目に見えない精妙なレベルから世界の平和に貢献するのではないと思います。イデオロギーを超えたところから、調和を生み出すのです。このような思いの中、サポーターの方の資金援助もいただき、七月にサーマヴェーダの師であるラーマムールティ先生を招待し、インド大使館などでサーマヴェーダの詠唱公演の機会を持つことができました。ヤジニャ(ヤギャ)といった伝統的な儀式を、少数の参加者とともに南伊豆で行うこともできました。
その間、幸運にもサーマヴェーダのレコーディングができ、さまざまな方々の協力の中、ようやくCDが完成することになりました。夢の中で黄金に輝く蓮の花を見た数日後、知人の金姫さんが描いて下さった、CDジャケットカバーのイラストを見て驚きました。まったくそれと同じイメージのゴールデンロータス(黄金の蓮の花)だったのです。 今回は、CDの完成記念に4月1日にはお披露目の会を行うことになりました。金姫さんのイラストの展示、インディアンフルート演奏、KNOBさんのオーストラリア先住民の笛ディジュリドゥ演奏、黒川五郎先生の裏千家立礼式お茶のお手前、大阪から、インドで一緒だった山田眞由美さんのミュージックセラピー、岩本明由子さんの岩笛、ラーマムールティ先生の国際電話によるメッセージやサーマヴェーダ吟唱、そして私も少しヴェーダを吟唱いたします。
様々な個性の集まりが、それぞれの角度から平和の雰囲気を生み出すことと思います。当日はCDの販売も行います。是非多くの皆様にお越しいただきたいと思います。
またお目にかかれることを楽しみにしつつ、皆様のご健康、ご発展をお祈り申し上げます。
ジョーティシュの鑑定を行っていますが、星を見ることからその人のさまざまな状況が見えてくるのは驚きです。私も昨年は先生から言われたことがあります。友人が去るだろう、と。しかし正直いってあまり深くは取っていませんでした。しかし、最近分かったことですが、そのようなことがありました。心が痛みましたが、これも私のカルマと冷静に受け取りました。またある方からお父さんのヤジニャを受けたいと依頼がありました。しかしジョーティシュの先生は、受けてもその方の死は避けがたいといわれました。でもできることはしたいという息子さんの思いがありました。結局末期の脳腫瘍のその方は亡くなられました。人生は定められているものか、また自由意志がありどうにでも変えられるのか、といったことを考える一つの出来事でした。しかし、目の前にあること、またやってくる様々な出会いやできごとに、100%で望むこと、これが今できることと思いました。たとえどのように予言されても、正直に本心で受け取り、悔いのないような生き方をすることだなというのが結論です。瞑想をし真我に立脚し、自己を整え、そして日常では皆が平和であることを願い、できることを行うことですね。大きな広い心で。政治家や、だれそれが悪いと、人のせいにしていては問題はなくなりませんね。まず自分がどのように考え行動するかですね。読者の方から愛と平和にフォーカスすることの大切さを教えていただきました。批判や非難だけでは大きくものごとは変わりませんね。少しずつでも皆の意志、力、お金が集まり有益な活動に使われれば、大きな流れが生まれるでしょうね。・・・・こんなことを思った今日です。
私は、心の平和という観点から、世界の平和といことを考えてきました。また環境問題も同様です。しかし私自身の限られた力の範囲では、到底、解決できない問題が山積です。さまざまな問題が同時並行に、私たちに押し寄せています。
しかしそういった中でも多くの人たち、特に多くの女性の方々が頑張っておられます。これまで当メルマガでは、何度も登場した、<きくちゆみ>さんもその一人です。農的な生活をもとに、世界平和の問題に取り組んでおられます。
また<中村いづみ>さんは、綾の森を守るために頑張っていらっしゃいますす。そのほかにもたくさんの方々が、自分の身を削って、大切な命を守ろうとしておられます。
そのような動きに痛く感動します。自分ができない分、彼女たちにやってもらっている感じです。
今、私たちが考えなくてはいけないのは、一瞬一瞬を大切に生きることと、また私たちに続く未来の大人たちに、永続可能な社会を残すことではないでしょうか。
もちろん私はヴェーダ的なアプローチが大切であると感じているのですが、そのためには生命の根本的なレベル、つまり純粋意識のレベルから、豊かさを生み出すことだと思います。それがメディテーションであり、ヤジニャ(ヤギャ)といったヴェーダテクノロジーです。
しかし私一人の動きでは、まだまだ時間がかかります。時間がかかっても自分のスタンスで活動していきたいと思っています。表面的なイデオロギーや活動の限界というものがあります。それは歴史が証明しています。数え切れないほどの平和運動と戦争がこれまであったわけですから。
しかし、今、私が心が痛むことは、罪のない市民が戦争によって、殺されていくことなのです。アフガニスタンでもそうでしたし、イラクでもそうなる可能性があります。湾岸戦争の時には劣化ウラン弾が使用され、今もその放射能の後遺症で苦しむ人々がたくさんいます。
アメリカにはそれなりの理由があるのでしょうが、もうこれ以上殺戮の歴史を繰り返してはならないと思います。アフガニスタンの人々のことはもう忘れられてしまったかのようですが、同様に多くの市民が犠牲になりました。
戦争で得られる平和などありません。今、イラクを攻撃しなくてはいけないという理由はありません。戦争にはノーと言いたいと思います。
戦争が幼い命の中に与える、恐怖はどんなものか計り知れません。子を持つ親であれば、また年老いた、病弱な親を抱える人たちなら分かると思いますが、その日常生活の中に突然ミサイルが飛んできたときどうなるでしょうか。
また戦争により肉親を殺された人たちは、どんな思いをするのでしょうか。テロを将来起こしても仕方がないほどの、心理的ダメージを与えるでしょう。これ以上、世界に悲しむ人々を生み出すことは許されません。
戦争によって生まれる平和などないのです。私たちの税金は湾岸戦争のときも、アフガニスタンのときも、戦争に使われました。たとえ直接戦争に関与していないといっても、それは当たりません。このことは大きなカルマとなっていずれ日本人全体に降りかかってくるでしょう。
また、戦争は地球環境をおそろしく破壊します。日本や世界各地で自然を守るために活動している人たちが多くいます。大地、森、川、山々、動物、植物・・・。さまざまな自然や生態系が私たちの生活をも支えています。戦争は地球規模でそういった秩序を破壊します。
戦争を行うお金があるなら、それは世界中の飢餓、貧困の根絶、医療、教育、自然エネルギーの開発、永続可能な社会の創造のために使われるべきです。
毎日、幸せに生きていられることに感謝しています。
私たちはこの宇宙の住人のひとりであり、ひとりひとりは心と体の深いレベルでつながっています。人は毎日数キロの食事と数百ccの水、数十リットルの空気を取り入れています。そして排泄しています。それらを材料とし、私たちは生きています。環境と人は肉体的に確実につながっています。また生命活動を深く見ていくと、精神的なレベルでもあらゆるものとつながっているということは確実です。
ですから私たちは生きつつ、また生かされているということに感謝の念を覚えるのです。
人は自然や宇宙の一部であり、また自然や宇宙による創造物です。
自然界に見られる秩序は、この創造世界の根本には唯一の大いなる知性が機能しているということを思い起こさせてくれます。
私たちは何のためにいきているのでしょうか。
私たちの存在意義はどこにあるのでしょうか。
苦しむために生まれてきたのでも、戦争をするために生まれてきたのでもないでしょう。幸福な人生、平和な世界を謳歌するためにいるのではないでしょうか。
しかし目の周りをみても、世界をみてもそこには苦しみや、悩みや、戦いがいたるところにあります。毎日のニュースを見ても、そこには問題が常に列挙されています。問題を解決するために莫大なお金が使われています。ぜこのようにネガティブな状況を作ってしまうのでしょうか。
世界で最も富める国では、人々は不況という合言葉の中で、貧しい国々に何をしているのでしょうか。毎日5万人が餓死しています。戦争は大きな環境破壊を生み出します。そして罪もない人たちを殺してしまいます。
こうなってしまっては中々ちょっとやそっとのことで、永続可能な、循環型の社会を作るのことは難しく思えます。しかしその中でも多くの人たちが、ひたすら理想社会の創造のために頑張っているのも事実です。そのことに私は一筋の光を見ます。勇気をもらいます。
世界中で起こっていることは、一人一人の心や体の中で起こっていることの集合でしょう。まずは自分自身の内側を整え、そして長いようで短い人生を、自分だけではなく世界の幸せのために貢献したいと思うのです。
ネガティブな出来事は、そういったプロセスを経てしか、地上に天国をつくることができないという人間の意識のレベルなのでしょう。壊滅的な状況がさまざまなレベルにやってくるという予感がするのですが、しかしブッダイエスなどがそうであったように、一人の心でも大いなる天とつながれば強大な光のパワーを生み出すことができることを表しています。
多くの人たちが、瞑想し自己の真我に繋がり、自然の秩序を体現し、この時代を平和でバランスが取れた方向へと導いていただきたいと思います。
一瞬一瞬を大切に、一つ一つの物や出会いや、出来事を大切にし、最大限努力すれば、成し遂げられないことはないのでしょうね。
自分のことを考えつつも、可能な範囲の時間、お金、力を、社会や世界のためにも向ければ全体として大きな流れを作れると思います。さまざまな情報を配信していますが、皆さんが賛同できることがあれば是非そういった人たちを支援してあげて戴きたいと思います。それらは結局は長期的に見て自分にも返ってくるものです。
皆様にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。皆様にはお世話になり感謝しております。
私は、1975年より瞑想の指導などに携わってきました。1995年からの約7年間は勉強期間を置いて、2002年7月より、サーマヴェーダの専門家であるラーマムルティ師より、「ソーマ・メディテーション」の指導を始めました。日印国交50周年の年、満月のグルプールニマーの日を迎え、師を招待し、その場にふさわしいインド大使館オーディトリアムにて、コンサートを開催しました。それがヴェーダを世に伝えるこの新しい活動のささやかな始まりとなりました。
1995年、縁あって南インド・チェンナイ在住のパンデット・ラーマクリシュナン先生にサンスクリット語の詩吟、「サーマヴェーダ」を指導いただき、帰国後、その神髄を極めようと吟唱に明け暮れました。2年前、長期インド滞在中に幸運にも吟唱者としての認定を授かり、これまで友人の協力を得て公演の場を持つことができました。今後はさらにたくさんの皆様にお聞きいただきたいと準備を進めています。皆様の心の深くに、ヴェーダの音の響きが持つ静寂、調和そして平安の波動が少しでも提供できれば嬉しいと思います。
この1995年からは、私には大変大きな忍耐と学びの時期でした。また、私が関心を寄せる地球環境問題は、いろいろなレベルで問題が顕在化した時期でもありました。何事にも経済を優先してしまう人の意識は地球環境まで激変させてしまいました。自然環境だけでなく、政治、教育、健康を含めあらゆる領域にはっきりと歪みが現れています。国の専門機関は、地球温暖化は2010年頃から加速すると発表していますが、その頃、同時多発的にさらにたくさんの問題が噴出する可能性があります。このままでは、次の世代に生きる子供たちに最低の生活さえも保障できないような環境を残してしまうのではないかと悲しくなってしまいます。今、様々な立場や理念を越えて人智を集め、一つになって改革に取り組む時だと思います。
またもう一度これまでの生活を見直して、人間存在の意義について考え直す時でもあります。「この宇宙は自然の法則によって生み出されたもの。したがって人間は自然の一部であり、自然を越えては生きられない」。この当たり前のことを私たちはよく認識する必要があるのではないでしょうか。
諸問題の原因は自然の摂理に反する考えや行動です。その考えや行動の源は心です。さらに心の源は内側の真我であり、真我は人が最も自然の法則と調和する意識状態です。インドでは古来、宇宙の総体をブラフマン(梵)、個人の中心をアートマン(真我)と呼び、両者は海と波のように全体と部分の関係だと考えていました。「我はブラマンなり」という格言がありますが、このことを本当に知ることが「梵我一如」と言われる悟りの境地です。それは最も自然と調和した状態です。
私たちは、溢れる物、溢れる情報の中で、知らず知らずのうちにそれらに洗脳されていることに気づいていないことが多いのです。内側にやってくる純粋な気持ちや直感、自然に対する畏敬の念や、周囲に対する思いやりや愛を取り戻すことです。そして社会の全分野で、経済優先のシステムから生命優先のシステムへとシフトする努力がますます必要になります。
子供のころ住んでいた田舎のように自然と共生する「理想村」作りを夢見ながら、今は地道に瞑想の普及を行い多くの方々に真我の価値を体験していただきたいと考えています。皆様からのご支援、ご指導を賜り前進したいと思います。皆様のますますのご発展をお祈り申し上げます。
今日は9月25日です。肌寒い朝です。あれほど暑かった夏も過ぎていきます。「正義とは何か?」と考えさせられる今日この頃です。
唯一の原爆被爆国である私たちの日本。私たちは戦争の苦しみ、平和の尊さを身をもって感じています。つい50年ほど前のことです。
今は大切なときです。この新しい世紀、私たちは過去の反省の上に、新しい平和で自然と調和した未来を築いていくときです。
競争から共生、戦いから融和、物質的繁栄から精神的豊かさの回復、得ることから与えることの価値観、自然破壊から自然との調和、お金から命・・・・・・・。報復や戦争によって平和は作れません。
今はこのことに気づくとてもいいチャンスです。一般市民を多数犠牲にした悲惨なテロ事件。本当に残酷なことです。犠牲者の皆様のご冥福をお祈りし、家族や身内、関係者の皆様の悲しみを分かち合いたいと思います。この事件で私たちは、平和、生きていることの喜び、命の大切さを実感しました。この悲惨な事件を教訓として、新しい価値観へと私たちの意識を変えていこうではありませんか。
これ以上、人の死を生み出す行為はやめなくてはいけません。報復活動は何の利益を生み出さないことは、私たちはよく知っているはずです。それはあらたな報復を生み出すだけです。徹底的にやっつければ、怒りや憎しみの火は消えるどころか、あらたな怒りや憎しみの火が燃え上がります。そして世界は、再び古い価値観へと戻っていきます。世界中で暴力が正当化されます。より巧妙で大きなテロが、日本を含め世界に飛び火します。大きな戦争へと発展する可能性もあります。
時代は経済的、物質的な強さを持つ人々によって支配されています。そしてその人々の価値観が常識と考えられます。正義という名のもとに、戦争という集団的殺人さえも正当化されます。何がテロリズムを生み出しているのでしょうか。その原因を直視し、問題を解決しなくてはいけません。でなければ人類の平和と安寧はこれからも常に脅かされるでしょう。
私たちはマスコミからの情報だけで踊らされずに、冷静で広く深い心のレベルから物事をとらえていく必要があると思います。武力ではなく愛の力によって、相互理解によって解決していくべきです。そして是非、自分の素直な気持ちを各国のリーダーやマスメディアに意見として伝えましょう。大多数のそういった思いは時の流れを変えることができます。
自分が今ここに生きていられること、生かされていることに感謝すると共に、心から世界の平和と人々の幸福を祈ります。(2001年9月25日)
残念です。今日、10/8、米軍によるアフガニスタンへの空爆が始まりました。寒波が襲うこの寒空のもと、どのくらいの人が寒さと飢えで苦しんでいるのでしょうか。どれほどの罪もない一般人が死んでいくのでしょうか。戦争でテロを根絶できるのでしょうか。正義という名の下で人を殺戮することは許されるのでしょうか。4兆円ものお金がアフガニスタンの貧困の根絶のために使われたならどうでしょうか。みんなで平和を祈りましょう。(2001年10月)
米国はさらにイラクへと戦争の波を広げようとしています。(2002年12月15日)
「わたしは今思うのは、本当にテロを無くそうと思うなら、やはり報復行動は止めるべきであると思います。 個人のレベルでさえ、何かの殺人や暴行があった際、事実関係を十分に調べ、裁判で判決を下します。
それには長い時間がかかることもあります。 犯人にすぐ暴行を加えたり殺すということはしません。 そして、良いか悪いかは別として、必要なら死刑にします。
この死刑でさえも廃止を唱える人がいます。 国家レベルであればなおさら慎重にすべきだと思います。 かなり確実だとはいえラディンが犯人かどうか確実な情報はまだはっきりと示されていません。
もしそれが事実であるならば、攻撃の変わりに徹底的に犯人を捜し捕まえる必要があると思います。 粘り強い努力が必要です。 そういうやり方にはイスラム諸国は反対しないでしょうし、反米感情もさほど生まれないと思います。
ブッシュ大統領は「これは戦争だ」と最初から言っています。 これは戦争ではなくテロなのです。 彼は、今日「タリバン政権とは今後いかなる交渉にも応じない。ブッシュ・ドクトリンを発動する」と声明を発表しました。
「外交はタフな交渉ごと」と言われているそうです。 今このように門戸を閉ざしていいのでしょうか。 世界を巻き込む大きな戦争に拡大する可能性もあります。
アメリカの反応はあまりにも慎重さに欠けます。 発言事態が状況を変化させていきます。まずアメリカは自国の行動を見直し、イスラエルよりの態度をあらため、中東への過度な介入をやめるべきでしょう。
今回の米国同時多発テロ事件に関しては、原因が何であれ間違った行為です。 このことはアラブ世界であっても、その状況を見れば誰もがそう認めると思います。
しかし報復攻撃が最初にありきで、そのほかのさまざまな思惑も見え隠れする中で、攻撃をしかければ、当然様々な問題を生み出します。 どれほどの一般市民が巻き添えになるか分かりません。
既に数百万人の難民が生じています。 喧嘩両せいばいといいますが、テロリストの行為は悪だとしても、その行為を生みだした原因はアメリカにもあります。
テロリストは自分たちを正当化するにはテロといった行為しかないわけです。 聖戦と称して自爆テロを行うしか圧倒的な軍事力を誇るアメリカに憎しみを返す方法はないのだと思います。
それほどに彼らを追い込んでいるものがあります。またそのように子供の頃から洗脳・教育されています。
個人レベルでも国家レベルでも、もし愛と英知があればもっと別の行動をとるはずです。 テロ事件による6千人以上の悲惨な死、関係者の深い悲しみ。 これを報復活動という形で仕返すことは、得策ではないと思います。
今のアメリカの行動を動かしているのは、一時的な感情、白人優位主義、異教徒への偏見・蔑視、自国の立場・プライド、経済、政権の延命・・・・・・・
といったようなものしか見えてきません。 世界を平和にしようといった愛の精神は見えません。 平和を生み出すには愛や忍耐や冷静さが必要です。 これはアメリカだけではなく世界の全体に言えることと思います。
悲惨な死を遂げた人々の家族や関係者の心は、米国の徹底的な報復行動で新たな6千人以上の犠牲者を出すことで平和になるのだろうかと思います。 もし遺族が報復戦争の後、アフガニスタンを訪れ、多くの市民の悲惨な死を目の当たりにしたとき、そばで泣き崩れる家族の様子を実際に見たとして、心から喜べるのだろうかと思います。
犯人は裁かれる必要があると思います。 悲惨さを、怒りや憎しみをもとに、力で押さえつけることの気持ちは分かりますが、もうこの辺で、考え直して欲しいと思います。
戦争はいい加減にやめて、そのエネルギーを真の平和を生み出すための努力に変えて欲しいと思います。 そうすればすぐにでも平和は生まれると確信します。
世界一の経済・軍事大国であればこそそれができるのです。
さらに戦争ほど地球環境を破壊する行為はありません。 ただでさえこの地球環境は破壊されています。経済戦争という行為によって。 さらにこの攻撃・戦争による環境汚染、エネルギーの浪費は想像を越えるものがあります。
国家といえどもそれは個人の集合で、国家の首長は国民の意識の繁栄です。 そして世界はそういった国家の集合体ですから、国の行動は結局の所その国民の考え方を表しています。
個人個人が自分さえよければいいという考えでいれば、当然国家はそのように動いていきます。 そして世界の人類の意識がその行動の流れを、さらに動かしていきます。
今回のこのテロとそれに対するアメリカの行動と、これから起こるだろう行動も人類の集合意識によって左右されていくと思います。 まだまだ人類は未成熟であって今回の出来事もこの人類のレベルが生みだした必然的な結果なのでしょう。
あるいは人類とはそもそもこういうものなのでしょうか?私はそうは思いたくないし、人類の可能性はもっともっと大きなものがあると信じています。
また、日本政府の今回の対応は本当に情けないと思います。 これほどまでに主体性のない、ただただ他国に追随し、アメリカのご用聞きのような態度をとる首相にはあきれました。
とはいってもこれが日本の国民意識の総意だからしょうがないのでしょうか。
ごく一部の人々が富や豊かさを謳歌し、大多数の人々は貧困で苦しんでいる世界。 その貧困の上に先進国といわれる国々の豊かさがあります。 しかしそのことを知りながらも、豊かな人はもっと豊かにと考えています。
貧しい人はますます貧しくなります。 アフガニスタンは旧ソ連との長い戦いの中で、一般市民は大きな貧困のなかにあります。 この戦争でますますそれが拡大します。
富める国アメリカは自分は豊かな中にいながら、貧しさで一杯のこの国の市民をさらに苦しめます。 住む場所を追われ居場所無く難民となったり死ぬ人々。
テロや戦争を起こして死ぬ人たちはいいでしょうが、苦しむのは罪もない人々です。 さらにこの報復行動で、関連する様々な国や地域であらたな不安定な状況を生まれる可能性があります。
世界で最も富んでいるアメリカ、そして日本・・・・・。 この富は途上国や質素に自然とともに生活する多くの人々の貧困の上に成り立っているところがあります。
これまで経済が行き詰まると戦争が起こってきたのではないでしょか。 軍需景気というものがこれまで国の経済を豊かにしてきたという歴史もあります。
日本もその恩恵に預かってきています。 もしどこかにこのことを期待し、戦争を起こしたいという人々がいるとしたら悲劇です。 そうでないことを願いますが。
世界中の多くの心ある人々は報復行動に異を唱えています。 そして愛の力によって、平和が生まれることを望み、日々祈っています。 憎しみや怒りの鎖を断ち切り、愛と平和の流れで世界がつながれる日がくるのを待ち望んでいます。
小さな一人一人の努力と愛の力が紡がれ強い大きな流れとなり世界を動かしていくことを祈っています。 武力や権力で世界の平和を生み出せないことは歴史が証明しています。
歴史は繰り返すと言いますが、ここでこの戦いの歴史に終止符が打たれ、愛と調和の時代の幕開けがくるように大いなるこの宇宙の創造主に祈る気持ちです
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